大判例

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大阪高等裁判所 昭和43年(う)245号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二萬円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審及び当審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

第一、本件控訴の趣意について

大阪高等検察庁検事片岡平大提出にかかる神戸地方検察庁検事土井義明作成の控訴趣意書中、(1)二四頁の七行目の「組合側は」から一〇行目の「取組んでいきたい」までの労使双方の発言内容、(2)二六頁の七行目から一一行目までの組合側の態度表明の事実、(3)二八頁の一三行目から二九頁の六行目までの公社の組合側に対する要請内容、(4)三〇頁の一行目から二行目までの「実に常軌を逸したものであつた。」との部分、(5)三〇頁の九行目から一三行目までの公社の努力の事実、(6)三四頁の二行目から四行目までの公社の要望事実、(7)三五頁の八行目から一一行目までの「二二日には三公社五現業各当局の回答は全部出揃つた。ちなみに、昭和四〇年春斗における三公社五現業の賃上げ回答状況は、別表のとおりである。」との部分(別表を含む。)、(8)三五頁の末行から三六頁の二行目までの、公労協が「具体的引上げ額に関しては政府の低賃金政策の現われである」と規定した事実、(9)三六頁の二行目から三行目までの各組合の調停申請の事実、(10)三六頁の四行目から五行目までの「それぞれの労使間で活発な論議を続けて来た」との事実、(11)三六頁の末行から三七頁の一行目までの「他公社現業との関連におけるマイナス面も発生するおそれがあると考え」との部分、(12)三九頁の六行目から一〇行目までの警告書の内容は、いずれも訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠にあらわれていないところ、検察官は、右事実は、被告人の本件所為の背景事実に過ぎず、立証する必要がないと考えたため原審において立証しなかつたのであり、従つて、右事実は、刑事訴訟法三八二条の二にいわゆる「やむを得ない事由によつて第一審の弁論終結前に取調を請求することができなかつた証拠によつて証明することができる事実」に該当する旨主張するが、検察官主張のような心理的理由により証拠の取調が請求できなかつた場合は、同法三八二条の二にいわゆる「やむを得ない事由」に該当しないものと解するのが相当であるから、前掲控訴趣意書中前記(1)ないし(12)の各事実を記載した部分は不適法といわなければならない。従つて、本件控訴趣意中適法な部分は、前掲控訴趣意書中右記載部分を除いた部分であり、これに対する答弁は、弁護人佐伯千〓、同橋本敦、同木下元二、同小林勤武及び同三上孝孜連名作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

本件控訴の趣意は、本件公訴事実は、被告人は、全国電気通信労働組合近畿地方本部兵庫県支部の執行委員であるが、かねて、同組合所属組合員の行つた違法争議行為に対し日本電信電話公社の行つた同組合員に対する行政処分を不当とし、第一、昭和四〇年七月二日午前一〇時頃、神戸市長田区細田町七丁目三番地所在の長田電報局局長室において、電報料金の収納等に関する会計書類の点検、決裁の職務を行つていた同電報局長北井義一に対し、「お前の体の中に狐がついておるから叩き出してやる」「不当処分撤回」と怒号し、矢庭に同局長の耳もとで、四リツトル入りのガソリンの空缶を四、五回激しく連打して暴行を加え、もつて、公務員である同局長の右職務の執行を妨害し、第二、同日午前一一時頃、同電報局内の窓口事務、通信室において、電報配達業務等に関する上部機関への報告文書作成の職務を行つていた同電報局次長岩崎昇二郎に対し、前同様のことを怒号し、同次長の顔面直前で、一八リツトル入りの石油の空缶を四、五回激しく連打し、その際、前記北井局長から職場秩序の維持のため右行為を制止されるや、約三〇分に亘り、同局長及び同次長に対し、「この汚ない手で処分したのか」「警察を呼ぶなら呼んでみろ、警官位来たらぶん殴つてやる」等と怒号して、同人らの耳もとで前記空缶を十数回激しく連打し、さらに同局長の両肩を両手で突きとばし、左手甲を一〇回位手刀で殴りつけ、鉄製の書類箱に同人を押しつけて前後にゆさぶるなどの暴行を加え、前記次長に対しては、いわゆる「しつぺ」で同人の左手甲を四、五回強く殴りつけて暴行を加え、もつて、公務員である右両名の前記職務の執行を妨害したものである、というのであるが、原判決は、公訴事実第一記載の長田電報局長北井義一(以下「局長」という。)の職務行為及び公訴事実第二記載の同電報局次長岩崎昇二郎(以下「次長」という。)の職務行為は、被告人から暴行を受けた当時被告人に応対するため任意に中断されており、又、公訴事実第二記載の局長の職務行為は、被告人から暴行を受けた当時行われておらず、被告人から暴行を受けた当時における局長、次長の公務執行行為は、被告人との応対行為であるというべきであるところ、公訴事実第一記載の被告人の暴行は、局長が原審公判廷において証言するような身体的影響(一、二分間耳の奥から頭の方へじんじんしてすぐ仕事にとりかかれなかつた)を及ぼすような高音を発したものとは考えられず、又、公訴事実第二の際には、被告人は局長及び次長の応対行為を妨害する犯意がなかつたことが明白であるから、公訴事実第一、第二の各公務執行妨害罪は成立せず、しかも、公訴事実第一、第二の際局長及び次長に対し加えた被告人の暴行は、極く軽度のものであり、その法益侵害の程度は極めて軽微であつたと認められ、さらに、本件発生に至る経過、特に原因、動機、目的、手段、方法、程度、法益の権衡等諸般の事情を考慮すれば、被告人の本件行為は、未だ刑法二〇八条の暴行罪の構成要件の予定する程度の違法性に達しないから犯罪を構成しないとして被告人に無罪の判決を言い渡したが、原判決には、後記の如く、判決に影響を及ぼすことの明らかな審理不尽、事実誤認及び法令の解釈適用の誤りがある、というのであるから、以下順次検討を加えることとする。

第二、控訴趣意第三の一の主張について

(一)  局長の局長室における職務行為について

論旨は、要するに、原判決は、本件証拠によれば、局長は、被告人が局長室に入つた際、本件公訴事実第一記載の職務を行つていたが、被告人から「よう局長」と声をかけられるや、立ち上がつて被告人との応対を開始したものであり、しかも、その際、局長は、被告人が本件公訴事実記載の行政処分の理由の説明要求のため来たものと察知していたことが認められるのであつて、右事実に徴すれば、右時点において前記職務は局長の自発的意思により中断されたものと認められるから、被告人の本件公訴事実第一記載の暴行は、局長が右公訴事実記載の職務を執行するに当たり加えられたものとはいえない旨説示しているが、刑法九五条一項にいう「職務ヲ執行スルニ当リ」とは、厳格な意味における職務の執行中のみを指すものではなく、「職務の執行に際し」の意味に解すべきであり、従つて、職務執行の開始前まさに開始しようとする態勢にある場合や職務執行の終了直後はなお「職務ヲ執行スルニ当リ」の観念に含まれるものと解されるところ、北井義一の原審公判廷における証言によれば、同人は、局長室において右公訴事実記載の職務を執行中、ドアがあいて被告人が入つて来るのに気付き、被告人に応対するため立ち上がろうとして中腰になつた際、右公訴事実記載の暴行を加えられたのであるから、同人は「職務ヲ執行スルニ当リ」被告人から暴行を加えられたものとみるべきであり、原判決がこれに反する判断のもとに右公訴事実記載の公務執行妨害罪の成立を否定したのは、刑法九五条一項の解釈適用を誤つたものといわなければならず、仮に、然らずとするも、局長は、右暴行を加えられた際には、右職務の執行を一時中断し、被告人との応対行為を開始していたかあるいは開始しようとしていたのであり、右応対行為こそ局長の職務執行行為であるから、局長は右暴行を加えられた際職務執行中であつたかもしくはまさに職務の執行に着手しようとしていたことは明らかであるのに、原判決は、空缶の材質、大きさ、形態と打撃に使用したものが手拳に過ぎなかつたことなどに徴し、被告人が局長室で空罐を叩いた際局長の証言するような身体的影響(一、二分間耳の奥から頭の方へじんじんしてすぐ仕事にとりかかれなかつた)を及ぼすような高音を発したものとは考えられない旨説示して局長の右応対行為に対する公務執行妨害罪の成立を否定しているが、公務執行妨害罪を成立させる暴行、脅迫は公務員の職務執行を妨害するに足りる程度のものであれば足りるのであつて、暴行、脅迫により現実に公務執行妨害の結果が発生する必要はないものと解すべきであるところ、本件において、被告人は局長の身辺において四リツトル入りガソリン空缶を数回連続的に叩いたのであつて、それ自体局長の職務執行を妨害するに足りるものと認められるから、被告人の右暴行は公務執行妨害罪を成立させる暴行に該当することは明白であり、そうすると、原判決が局長の応対行為に対する公務執行妨害罪の成立を否定したのは、刑法九五条一項の解釈適用を誤りひいては事実を誤認したものといわなければならない、というのである。

そこで、検討するのに、後記の如く、その信用性の認められる北井義一の原審及び当審各公判廷における証言によれば、同人は、午前一〇時頃、局長室において、机に向つて本件公訴事実第一記載の職務を執行中、被告人が庶務室側出入口から入つて来るのに気付き、「よう」といつて椅子から立ち上がろうとして中腰になつた際、被告人から「お前の体についておる狐を叩き出してやる」といいながら前記石油空缶を耳もとで四、五回連打された事実が認められる。そして、同人が椅子から立ち上がろうとした際の気持については、同人は、原審公判廷において、「処分撤回のオルグにでも来られたのかと話があれば聞かしてもらおうという気持があつたわけです。」と証言し、当審公判廷においては「それはパルチザン斗争という世にも稀な惨劇を銘打つておりますので、それを私にやりに来たと、暴力はその当時考えておりませんでしたが、これは小突き回されるぐらいは仕様がないないうぐらいの気持で立ち上がろうとしました。」と証言し、「そのときも宮本君がそういうふうな石油缶を叩くとかいうふうな行動に出なければあなたはいつものようにソフアの方で話をしようと思つて立ち上がつたわけですね。」との質問に対し、「そうです。」と答えている。そして、右認定事実及び証言によれば、局長は、被告人が入つて来た際、被告人が組合活動をしに来たものと思い、被告人に小突き回される位(いじめられる程度の意味と解される。)のことはあるかも知れないが、まさか暴行まで加えられるようなことはあるまいと考え、被告人に応対するつもりで自己の意思により自発的に前記職務の執行を中断し、立ち上がろうとして中腰になつた際被告人から右暴行を加えられたものと認められる。そこで、さらに、刑法九五条一項にいう「職務ヲ執行スルニ当リ」の解釈についての所論の当否につき考えてみるのに、刑法九五条一項に「職務ヲ執行スルニ当リ」と限定的に規定されている点からすれば、同条一項の公務執行妨害罪の保護の対象となる職務の執行は、具体的、個別的に特定された職務の執行を開始してからこれを終了するまでの時間的範囲及びまさに当該職務の執行を開始しようとしている場合のように当該職務の執行と時間的に接着しこれと切り離し得ない一体的関係にあるとみることができる範囲内の職務行為に限定されるものと解すべきであつて(最高裁判所昭和四五年一二月二二日第三小法廷判決、刑集二四巻一三号一八一二頁参照)、右条項に「職務ヲ執行スルニ当リ」とあるのを所論の如く「職務の執行に際し」と解し、これに職務の執行終了直後をも含ませるのは広きに失するものというべきであり、このような見地に立つて本件をみるのに、前記認定事実によれば、局長は本件公訴事実第一記載の職務を中断して被告人に応対すべく立ち上がりかけた際即ち職務の執行終了直後に被告人から右暴行を加えられたのであるから、被告人の右暴行は同人が「職務ヲ執行スルニ当リ」加えられたものということはできない。尤も、前記事実関係によれば、被告人は、北井がまさに被告人に対する応対の職務行為を開始しようとしている際、即ち、同人が応対の「職務ヲ執行スルニ当リ」その職務の執行を妨害したのではないかとの疑問を生ずるが、後記認定の如く、被告人は同人に対し前記のような暴行を加えていやがらせをする目的で局長室に入つたものであり、従つて、同人が考えていたような被告人に対する応対の職務行為はもともと存在しなかつたものといわなければならないから、被告人の前記暴行は同人の被告人に対する応対の「職務ヲ執行スルニ当リ」加えられたものともいえない。なお、原判決は、この点につき、局長は被告人から前記暴行を加えられた際、被告人に対する応対を開始していた旨事実を誤認しているが、原判決も局長の応対行為に対する公務執行妨害罪の成立を結果的には否定しているのであるから、原判決の右誤認は判決に影響を及ぼすものではない。

以上の理由によれば、被告人が局長室において局長に対し前記暴行を加えた行為は公務執行妨害罪には該当しないものといわなければならないから、同罪の成立を否定した原判決の結論は、論旨中のその余の点を判断するまでもなく正当であり、原判決には、判決に影響を及ぼすような法令の解釈適用の誤りないし事実誤認の違法は存しない。論旨は理由がない。

(二)  局長及び次長の通信室における職務行為について

論旨は、要するに、原判決は、次長は、被告人の姿を認めるや、被告人に応対するため、作成中の書類を机の引き出しにしまい込んで本件公訴事実第二記載の職務行為を任意に中断したものと認められ、又、局長の本件公訴事実第二記載の職務行為である制止行為は、えん曲な言葉を用いてなされたもので、明白かつ強固な制止行為ではなく、その直後から応答を続け、明確な制止行為は全くしていないこと、右応対をするについてこれを強いるような制圧は加えられていないことなどの事実を認定したうえ、局長の行動を全体的に考察すれば、局長は同所における被告人の行動を容認してこれに応対したというべきであつて、同人の制止行為はなかつたことに帰し、むしろ、局長及び次長は、被告人らの目的とする原判決認定の懲戒処分の理由の説明要求及び右処分に対する抗議行為に応対していたものであり、この応対こそまさに当時の局長及び次長の公務の執行行為であつたところ、被告人らは、局長及び次長をして当時執務中の一般平常事務の執行を長時間に亘り中断放棄するの余儀なきに至らしめるような意図即ち局長及び次長の公務の執行行為を妨害する犯意はなかつたから、いずれにしても通信室内における被告人に対する公務執行妨害罪の成立は否定されなければならない旨説示している。然しながら、次長は、本件公訴事実第二記載の職務を執行中被告人の姿を認め、作成中の書類を見られても困ると考え、一時その書類を机の引き出しにしまい込んで立ち上がつた直後被告人から暴行を加えられたのであるから、前記(一)の論旨と同様の理由により次長は「職務ヲ執行スルニ当リ」被告人から暴行を加えられたものと解すべきであり、又、局長が通信室において当初被告人を制止したのは三回に亘つており、これに対し被告人は二回に亘つて局長の両肩を持つて突きとばしたのであり、局長は、被告人に突きとばされた後は被告人らの暴行をおそれて抵抗せず応答を続けたものであつて、同所における被告人の行動を容認して応対したわけではないから、局長がえん曲な言葉を用いて制止したからといつて局長の制止行為がなかつたとはいえず、仮に、局長及び次長の被告人に対する応対行為が当時の局長及び次長の職務行為であつたとしても、公務執行妨害罪の成立には原判決説示のような犯意は必要ではなく、同罪の故意が成立するには公務員の職務執行中であることの認識があれば足りるのであるから、いずれにしても、局長及び次長の通信室における職務についての公務執行妨害罪が成立することは明らかであり、従つて、前記のような理由により同罪の成立を否定した原判決には刑法九五条一項の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。

そこで、検討するのに、後記の如く、その信用性の認められる岩崎の原審及び当審各公判廷における証言によれば、次長は、午前一一時頃通信室の自己の机に向つて本件公訴事実第二記載の職務を執行中、被告人らの石油空缶を叩く音や話し声が廊下から聞えて来たので、被告人らが通信室に入つて来ると職場が混乱するおそれがあり、又、作成中の業績基準の資料を被告人らに見られても困ると考え、前記職務の執行を続けることを断念し、右資料を机の引き出しに入れて立ち上がつたところ、それと同時位に通信室に入つて来た被告人に「しつぺ」を始めとする後記認定の暴行を加えられたのであり(なお、被告人が通信室に入室直後次長の顔面直前で一八リツトル入り石油空缶を四、五回激しく連打した旨の本件公訴事実第二記載の事実については、後記認定の如く、被告人は、次長から一メートル位離れたところで右石油空缶を一回叩いたのみで、激しく叩いたとも認められないから、被告人の右行為は公務執行妨害罪を構成する暴行とは認め難い。)、次長には被告人らに通常の応対をする意図はなかつたことが認められる。そして、右認定事実によれば、次長が被告人から暴行を加えられた際には、既に前記職務の執行は中断されていたことは明らかであり、その中断の原因も、被告人らの強制によるものではなく、次長が不本意ながらも自己の判断に基づき自発的に中断したものと認められ、しかも、職務執行の終了直後は「職務ヲ執行スルニ当リ」の観念に含まれないものと解すべきであることは前記説示のとおりであるから、次長は「職務ヲ執行スルニ当リ」被告人から暴行を加えられたものではないと解するのが相当である。なお、付言するのに、前記認定の如く、被告人は、次長が立ち上がつた頃通信室に入つたのであつて、次長が前記職務を執行中これを中断して立ち上がつた事実を被告人が認識していたことを確認し得る証拠は存しないから、被告人に次長に対する公務執行妨害罪の故意が存したかどうかは疑わしく、この点からしても、被告人の右公務執行妨害罪の成立は否定されざるを得ない。

次に、北井及び岩崎の原審及び当審各公判廷における証言によれば、午前一一時一〇分頃、通信室において、被告人らが、次長を取り囲むようにして石油空缶を叩き、次長に対し「処分理由をいえ」と迫り、前記懲戒処分が不当であると激しく抗議したりしていた際、この状況を局長室において察知した局長は、被告人らの右行為により作業現場である通信室の仕事が妨害され職場秩序が乱されていることを慮り、職場秩序を維持するため通信室に赴き、被告人に対し「これは現場やから話があるのなら局長室でしようやないか」といつたところ、被告人は「お前なんか出て来んでええわ、すつこんでおれ」といいざま両手で局長の両肩を突きとばし、そのため二、三歩後ろによろけた局長が「話せばわかるんやないか」といつて被告人に接近するや、被告人は再び両手で局長の両肩を突きとばし、そのため二、三歩後ろによろけた局長が三回目に被告人に接近したところ、被告人は「お前も一緒にやつてやろう」といつて局長を次長の隣りに並ばせたうえ、さらに、後記認定のような暴行に及んだことが認められる。ところで、右事実中、局長が、被告人に対し「これは現場やから話があるのなら局長室でしようやないか」と申し向けた行為は、明白な制止とはいえないにしても、それ自体局所管理規程二条、三条、一〇条による局所内の秩序維持のための制止行為というべきであることは原判決も認めるところであり、しかも、局長が通信室におけるその後の被告人の行動を容認してこれに応対した旨の原判示事実は後記第七の二の(四)の(4)掲記の北井及び岩崎の各証言に徴して認め難いから、局長の行動を全体的に考察すれば局長の制止行為はなかつたことに帰する旨の原判決の認定は正当とはいえず、原判決はこの点につき事実を誤認したもの(所論は、法令の解釈適用の誤りである旨主張するが、事実誤認と解すべきである。)といわなければならないが、局長の右制止行為はえん曲な言葉を用いてなされた一回限りの制止行為であつて、明白な制止行為とはいえず、原判決も説示しているように、単に場所を移転して応接したい旨の誘引的申入れと受け取られる可能性のある行為であり、局長が二度目に「話せばわかるんやないか」といつて被告人に接近した行為も制止行為とは受け取り難く、局長が三度目に被告人に接近した行為も制止行為とは受け取れず、その後も局長は何ら制止行為と受け取れる行為をしていないことは証拠上明らかであるから、被告人のほか金月幹男及び野村澄男が、原審及び当審各公判廷において、局長の制止行為があつた事実を否定し、局長からは単に場所を移転して応接したい旨の誘引的申入れがあつたに過ぎない趣旨の供述をしている本件においては、被告人が局長の右制止行為を秩序維持のための制止行為と受け取つたうえ前記暴行に及んだものと断定するにはちゆうちよの余地があり、本件公訴事実第二記載の局長に対する公務執行妨害罪につき被告人に故意があつた事実は認め難いから、この点で被告人に対する右公務執行妨害罪の成立は否定されざるを得ず、従つて、原判決の右事実誤認は判決に影響を及ぼすものではない。次に、原判決は、局長及び次長が通信室において被告人から暴行を加えられた際、局長及び次長は被告人に対する応対行為をしていた旨認定しているが、被告人が午前一一時頃通信室に入つた主目的が局長や次長に対するいやがらせであつたことは後記認定のとおりであるから、局長及び次長が被告人に応対する義務はなく、しかも、局長及び次長の原審及び当審各公判廷における証言によれば、当時の通信室における雰囲気は話合いのできるような雰囲気ではなく、局長及び次長が被告人に対する通常の応対をする意思を有していたとは認め難く、局長及び次長が通信室における被告人の行為を容認してこれに応対していたとは到底認め難いから、同室において被告人から暴行を加えられた際局長及び次長が被告人に対する応対の職務執行中であつたとは到底認められず、この点につき原判決は事実を誤認したものといわなければならないが、原判決も結論的には局長及び次長の応対行為に対する被告人の公務執行妨害罪の成立を否定しているのであるから、原判決の右誤認は判決に影響を及ぼすものではない。

以上の理由により通信室における被告人の行為については公務執行妨害罪の成立する余地はないから、右罪の成立を否定した原判決の結論は論旨中その余の点を判断するまでもなく是認するほかはなく、原判決には判決に影響を及ぼすような法令の解釈適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。

第三、控訴趣意第三の二の1の主張について

論旨は、要するに、原判決は、本件各公訴事実につき、被告人が、局長の両肩に手をかけた所為、局長の左手甲を叩いた所為、局長の両肩に手をかけて前後にゆさぶつた所為、次長の左手甲をいわゆる「しつぺ」で叩いた所為、局長及び次長のそばで空缶を叩いた所為は、いずれも有形力の行使と認められ、暴行罪の構成要件に外形的に一応該当するものと判断しながら、その法益侵害の軽微性、目的、動機の正当性、原因としての公社の態度等の諸事情を実質的に考慮すれば、被告人の有形力の行使は、暴行罪の予定する程度の違法性に達しないから暴行罪の構成要件該当性を欠くとして暴行罪の成立を否定しているが、いやしくも被告人の本件行為が刑法二〇八条の暴行罪の構成要件に該当する以上、刑法三五条ないし三七条の定める違法阻却事由がない限り(本件においては右違法阻却事由は認められない。)その可罰性を否定すべきでないことは実定法の解釈上当然であり、これに反する原判決の右見解は、犯罪を類型的に確定するという構成要件の本質的機能を無視し、明確であるべき構成要件に被害法益の大小や動機等の不明確な要素を導入してその該当の有無を判断することになり、あるいは、法が違法阻却事由として厳格に規定している刑法三五条ないし三七条の規定の趣旨を逸脱し、超法規的に違法阻却事由を設定し、法益侵害の軽微や動機のびん諒すべきことなどをもつて違法阻却の事由に取り入れるものであつて、かくては、不明確であいまいな基準に基づく恣意的独断的判断を許し、刑法秩序の弛緩を招き、法的安全を損うこととなり、ひいては罪刑法定主義の趣旨にももとることとなつて、実定法の解釈としては到底認容し得ないものであり、仮に、原判決の右見解の如く、刑法所定の違法阻却事由とは別に可罰性を否定すべき場合のあることを認容するとしても、その場合には、刑法三六条の正当防衛、同法三七条の緊急避難の場合においてすら防衛又は避難行為が違法性を阻却されるには、その行為が真に己むを得ざるに出でたることを要するなど極めて厳格な要件を定めていることにかんがみ、少なくとも右要件と同等の要件を必要とするものと解すべきであるのに、これと異なる見解のもとに被告人の本件行為の可罰性を否定した原判決には、刑法二〇八条ならびに刑法上の違法阻却事由ないし正当化事由に関する法条の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。

そこで、検討するのに、原判決が被告人の本件行為につき暴行罪の成立を否定した理論構成は、各犯罪の構成要件には一定の重さの違法性が予定されており、ある行為が特定の犯罪の構成要件に文理的に該当するようにみえても、その予定する程度の違法性に達しないときは当該構成要件の該当性を欠くものと解すべきであるところ、被告人の本件行為は暴行罪の構成要件に外形的には一応該当するが、未だ暴行罪の構成要件の予定する程度の違法性に達しないから犯罪を構成しないというのであるから、原判決は講学上のいわゆる可罰的違法性の理論のうち構成要件該当性阻却説に従つていることは明らかである。ところで、可罰的違法性の理論のうち構成要件該当性阻却説は、構成要件概念の中には、記述的、形式的な画定になじまず、実質的違法性の考慮を通じて始めて可罰的行為と然らざるものとの選別が可能となる種類のものが少なくなく、刑法二〇八条の暴行罪の構成要件もその一例であり、かかる場合には、構成要件概念の解釈に当たり、社会通念を背景とし、社会観念がそのような行為に対し処罰を要求するだけの実質的違法性があるかどうかを判断し、実質的違法性が可罰的な程度に至らないほど微弱である場合にはその行為の構成要件該当性を否定しようとするものである。ところで、このような可罰的違法性の理論に対しては、この理論が構成要件を実質化、規範化することにより解釈上の恣意を許し、刑法の保障機能をあやうくするとの批判がしばしばなされているのであつて、所論も、その趣旨の批判をしており、そのような批判にも一応の理由がないではないが、構成要件の厳格な形式化や画一的解釈を固守することが常に刑法の権威を高め、その保障機能を全うするのに役立つとは断じ難く、却つて、法は、その時代の社会生活の現実に根ざした合理的精神に基づいて実質的に解釈されることによつてこそ権威を高めることになるのであり、そのような法の実質的解釈も、合理的な基準を設定し、これに基づいて判断されるならば恣意的独断的判断に陥るおそれは少なく、しかも、可罰的違法性の理論はそれぞれの構成要件の解釈の問題として処理されるものである点からすれば、そこには自ら客観的な制約が存し、この理論が濫用され拡大適用される危険性は一般的抽象的基準に基づいて判断される超法規的違法阻却事由を肯定する場合に比し少ないといえる。このような意味において、可罰的違法性の理論は、既に実務上もひろく採用されており、最高裁判所の判例にも右理論を否定する趣旨の判例は見当たらず、当裁判所も右理論は採用に価する理論であると考える。そこで、右可罰的違法性の判断の基準について考えてみるのに、可罰的違法性が欠如するかどうかの判断は、要するに刑法における違法性の実体に関するものであるから、その基準も違法性を実体的に根拠づける諸要素に基づいて定めるべきであり、右諸要素として考え得る重要なものは、(1)法益侵害性の軽微、即ち、実害ないし脅威の軽微ということ、(2)行為態様がその目的、手段、行為者の意思の状態等諸般の事情に照らし社会通念上容認される相当性があることであり、右(2)の要素について考慮すべき重要な点は、(イ)行為の目的の正当性と、その行為の追及する目的がその行為により被害を受ける法益より優越する利益の保持、実現を意図するものであるということ及び(ロ)手段の相当性である。所論は、可罰的違法性の理論が適用されるためには、刑法上の違法阻却事由の要件である補充性即ち当該行為が已むことを得ざるに出でた行為であることの要件が必要である旨主張するが、可罰的違法性の理論は、緊急行為的性格の行為の正当化を目的として構想されたものというよりは、むしろ、通常の社会生活関係の常態において反覆累行されかつそれが社会一般の処罰感情を強く喚起しない程度の即ち処罰価値を欠く程度のものとして看過される軽微な違法行為を構成要件該当のらち外に放逐しようとするものであつて、法益に及ぼす加害の程度が極く軽微であり、かつ、加害の手段が特に社会一般の処罰感情を刺激するほどの顕著な悪らつ性、粗暴性、破廉恥性を示すに至らぬことが要件とされているのであつて、手段が社会的相当性を著しく逸脱しないという要請はみたされており、それ以上に補充の原則を要求する実質的根拠に乏しいから、可罰的違法性の理論の適用上右のような補充の原則の充足は要求されないものと解するのが相当である。

以上の次第であるから、原判決が被告人の本件行為に可罰的違法性の理論を適用し、しかも、その要件として補充の原則を要求しなかつたからといつて、原判決に所論のような法令の解釈適用の誤りが存するとはいえない。論旨は理由がない。

そこで、次いで、可罰的違法性の有無を決すべき諸要素を認定するについての原判決の誤りを指摘する控訴趣意について検討することとするが、その前提として、原判決が「当裁判所の判断」第三の一の(一)ないし(四)において違法性判断の資料となるべき諸事情として認定した事実は、右第三の一の(四)の2の事実中被告人が抗議をする目的で局長室及び通信室に赴いた旨の事実を除きすべてこれを引用する。

第四、控訴趣意第二の一の主張について

論旨は、要するに、原判決は、全国電気通信労働組合(以下「組合」という。)は、昭和四〇年春斗において、大巾賃金値上げの要求貫徹を目標に、労使双方の自主的解決を目指して日本電信電話公社(以下「公社」という。)と団体交渉を重ねると共に斗争を展開したのであるが、公社は、昭和三九年一〇月一三日の首脳交渉における原判示のような言明(以下「一〇・一三確認」という。)及び同年一二月一八日組合中央執行委員長に対してなした原判示約束(以下「一二・一八確認」という。)により、その自主的解決に積極的態度を表明したにもかかわらず何ら具体的回答を与えないまま日時を遷延し、昭和四〇年二月八日に至り、前年一一月九日になされた賃金値上げに関する要求書提出以来約三ケ月を経て始めて五〇〇円程度の回答を明示したのであり、しかも、その回答額は、ここ数年の仲裁裁定額、昭和三九年の人事院勧告額及び同年末現在の消費物価の上昇率等の諸事情ならびにその後の公共企業体等労働委員会(以下「公労委」という。)が現実に裁定した賃上げ額に照らしあまりにも低額に過ぎるものであつたことが明らかであるにもかかわらず、公社は、前記五〇〇円回答をあくまで固執した挙句、昭和四〇年三月一日団体交渉を一方的に打ち切り、公労委による調停段階においても前記回答を固執し続け、同年四月二〇日、二三日の両日に亘る組合の半日ストライキを経て同月二七日に至り僅かに九六円上積みの回答を表明したにとどまり、同月三〇日公労委の仲裁に移行したのであり、これは一〇・一三確認及び一二・一八確認を全く無視したものであつて、右のような公社の態度は、労使間の重要紛争事項の処理につき誠意をもつて臨んだものとは到底認め難い旨説示し、このことを被告人の本件犯行の可罰的違法性判断の重要な資料としているが、被告人が現場管理者である局長、次長に加えた本件犯行と昭和四〇年春斗における公社首脳の示した中央交渉の態度とは本来全く関連性のない事項であり、仮に、然らずとするも、原判決の右認定は、現行の公共企業体制度、予算制度、給与総額制度に関する理解知識を欠き、原審における組合側の証人、被告人の供述などをそのまま過信し一方的に認定したものであり、審理不尽に基づく事実誤認である、というのである。

そこで、検討するのに、なるほど、原判決は、昭和四〇年春斗の際の中央交渉において公社首脳の示した交渉態度を背信的であると認め、これを一事由として組合の前記半日ストライキは公社法三三条、公社職員就業規則五条、五九条一八号、一九号所定の懲戒事由に該当する違法な行為とは即断できず、従つて、公社が右公社法及び就業規則を適用して停職以下の懲戒処分を行つたことは懲戒権の濫用であり違法であると認定し、右認定を前提として被告人の本件所為の目的は違法な懲戒処分の撤回要求という正当な目的であつたものと認め、さらに、公社首脳の右背信的態度と被告人の本件所為の目的の正当性にかんがみると被告人の本件所為に対する社会的非難性は極めて軽い旨認定したうえこれらを被告人の本件所為の可罰的違法性判断の資料としているところ、公社首脳の右背信的態度を懲戒権の濫用に結びつけた原判決の理論構成は首肯し難いが、当裁判所の後記説示の如く、公社首脳の中央交渉における態度が、裁量権の範囲を逸脱した意味における懲戒権の濫用の有無を決する事由となることは否定し得ず、しかも、懲戒権の濫用が被告人の本件所為の目的の正当性を認めるための一事由となることも明らかであり又、公社首脳の右態度が被告人の本件所為に対する社会的非難性の程度を決するための一事由となり得ることも原判決説示のとおりであり、これらの点は、いずれも被告人の本件所為の可罰的違法性判断の資料となり得るから、公社首脳の中央交渉における態度が、被告人の本件所為の可罰的違法性の判断に関連性がないとはいえない。

そこで、公社首脳が昭和四〇年春斗の中央交渉において示した態度についての原判決の前記認定の当否について検討する。

(一)公社の賃金交渉における当事者能力について

原判決が公社側の態度を背信的と非難しているのは、組合との賃上げ交渉過程における公社の自主交渉、自主回答に関するものであり、公社の賃上げ交渉過程における態度の当否を判断するには、公社の賃金交渉における当事者能力の問題、即ち、職員の給与についての交渉当事者としての能力が公社にあるかどうかの問題が検討されなければならないところ、公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)八条一号によれば、公共企業体等においては賃金その他の給与に関する事項は団体交渉の対象とされているから、公社は、職員の賃金その他の給与についての団体交渉について当事者能力を与えられていることは明らかであり、しかも、日本電信電話公社法(以下「公社法」という。)四一条によれば、公社は毎事業年度の予算の作成権限が与えられ、同法七二条によれば、公社は職員の給与について給与準則を定め得るから、公社は職員の給与につき法制上自主決定権を与えられているといえるが、同法四一条、四八条によれば、公社の作成した予算は郵政大臣に提出され、郵政大臣が調整をした後閣議の決定を経て国会に提出され、国の予算の議決の例によつて国会において議決されることになつており、他方、公社法七二条によれば、公社の定めた給与準則に基づいて支払われる事業年度の給与は国会の議決を経た当該事業年度の予算の中で定められた給与の総額を超えてはならないとされており、これに対する例外として給与総額を超えて給与の支払が許されている場合、即ち、(イ)予算の基礎となつた給与準則を実施するため必要を生じた場合において、経費の移流用及び予備費の使用によつて給与総額の変更を郵政大臣が大蔵大臣に協議して認可した場合(予算総則二五条但書)、(ロ)事業量の増加等により収入金額が予算額に比して増加したときに郵政大臣の承認を受けてその増加した収入金の一部を事業量の増加のため直接必要な経費(給与を含む。)の支出に充てる場合(公社法四〇条、予算総則二五条但書、二二条)、(ハ)公労委の裁定があつた場合において、その裁定を実施するために必要な金額を予算の定めるところにより郵政大臣の認可を受けて給与として支給する場合(公社法七二条二項、予算総則二五条但書)、(ニ)経済事情の変動その他予測することができない事態に応ずるため特に必要があつて、郵政大臣の認可を受け、国会の議決を経た金額の範囲内で臨時に給与を支給する場合(公社法七二条一項但書、予算総則二七条)、(ホ)能率の向上により収入が予定より増加し、又は経費を予定より節減した場合において、その収入の増加額又は経費の節減額の一部に相当する金額を、予算の定めるところにより郵政大臣の認可を受けて特別の給与として支給する場合(公社法七二条二項、予算総則二六条)においても、その支出は、公社独自の裁量ではなし得ず、郵政大臣の承認又は認可を経ることが必要とされていて、職員の給与についての自主決定権が制限されており、そして、このような制限の存するところから、公社が賃金その他の給与に関して労働協約を締結しても、それによる支出が給与総額を変更したり超えたりしてもよい場合に該当しても郵政大臣の許可又は承認が得られないときは、予算上又は資金上不可能な資金の支出を内容とする協定として政府を拘束しないことは勿論、国会で所定の行為がなされるまでは、そのような協定に基づく如何なる賃金も支出できないことになつており(公労法一六条)、このことは公労委のあつせん、調停が整つた場合についても同様である。このようにして、賃金その他の給与について、公社は、制度上自主的に処置できないため、従来賃金その他の給与について実質的意味における団体交渉は殆ど行われず、公労法上当事者双方を最終的に拘束し、政府に対し実施への努力義務を負わせている公労委の仲裁裁定(公労法三五条)により決着がつけられているのが実情であつたことは、片山甚市の原審公判廷における証言及び全電通週報三九〇号八二頁等により明らかである。

(二)昭和四〇年春斗における公労協及び組合の斗争方針について

昭和四〇年春斗における組合の斗争方針は、原判決の認定したとおりであるが、斗争の具体的方針については、全電通週報三九〇号八二頁によれば、次のような事実、即ち、公労協は、昭和三六、七年頃から、春斗においては自主交渉を重視し、労使の力関係で労働条件を決定するという労働運動の基本的機能の回復を図つて来たが、この立場の徹底は、予算、資金上権限の制限を受けている公社の能力の限界に突き当たり、「ゼロ回答」のまま自主交渉が前進しないという事態を常に招き、公労法上認められた団体交渉権を制約されるという矛盾を露呈するに至つた。そこで、公労協としては、公共企業体等における資金、事業計画を支配し主要な労働条件の決定につき実質的権限を有しており交渉の実質的当事者といえる政府を団体交渉の場に引き出すことが要求の最終的解決のために必要であることを痛感し、公社との自主交渉を強化すると共に政府との交渉を積極化し、実力行動を背景にして当局の当事者能力を徹底的に追及することにより政府を交渉の前面に引き出すことが可能になると考え、公社との自主交渉と政府との交渉の強化を公労協の統一斗争方針とした事実が認められる。

(三)昭和四〇年春斗における公労協及び組合の斗争経過

昭和四〇年春斗における組合の斗争経過については、原判決の認定したとおりであり、公労協は組合の斗争を指導する一方直接あるいは社会党に依頼して政府との交渉を続けたことは、全電通週報昭和四〇年一月一三日付号外中斗争連絡第六五号及び同週報同年六月二一日付号外中斗争連絡第九一号、第九三号等により明白である。

(四)昭和四〇年春斗における公社の態度の評価

前記(一)ないし(三)の説示によれば、公社は、職員の賃金その他の給与に関し法制上当事者能力を与えられながら、実際には給与総額制度等の制約があるため、実質的な団体交渉ができず、組合の賃上げ要求についても、それを達成するためには公社との自主交渉のみでは足りず、団体交渉の実質的当事者である政府を交渉の場に引き出さなければ組合の要求が達成されないことは公労協や組合自身がこれを認めていたものであり、それ故にこそ、公労協は、昭和四〇年春斗においては、公社との自主交渉の強化と合わせて政府への働きかけを強化することを斗争方針とし、直接あるいは社会党に依頼して政府に対する交渉を重ねたものと認められること、原判決の認定した一〇・一三確認は、公社が昨年よりも前進した姿勢で回答することを約したものであり、全電通週報昭和四〇年一月一三日付号外中斗争連絡第二〇号によれば、組合自身一〇・一三確認について「公社当局に従来にない姿勢をとらすことに成功したものである」として高く評価しており、又、原判決の認定した一二・一八確認についても、右週報中斗争連絡第六六号によれば、組合は、「積年の事態打開に重要な前進をはかりえたものである」と評価しており、一〇・一三確認及び一二・一八確認が単なるその場逃がれの口実とは考えられないこと、昭和四〇年二月八日公社が組合の賃上げ要求に対し五〇〇円程度の有額回答を出した点についても、片山甚市の原審公判廷における証言及び全電通週報昭和四〇年六月二一日付号外中斗争連絡第九七号によれば、このような有額回答がなされたのは昭和三四、五年以来のことであり、しかも、公社は公労協の他組合に先がけて右のような回答をしたのであつて、それ故に、公労協共斗委員会も、「全電通に出た有額回答は今までのとりくみの成果」として評価し、「これを土台にして各組合とも有額回答を引き出すため当局を追いこむ」ことを確認していること、全電通週報昭和四〇年六月二一日付号外中斗争連絡第九四号によれば、公社が有額回答をするには政府の了解をとりつける必要があるところ、政府は昭和四〇年二月六日に至り漸く公共企業体等の有額回答を承認するに至つたものであり、そのために公社の有額回答がおくれたものと認められ、その間公社も政府に対し折衝したものと推認されること、公社が職員の給与を決定するにつき前記(一)において説示したような制度上の制約がある点からして、公社の有額回答についても多額の回答を期待し得ないこと等の諸事情に徴すると、有額回答がおくれたこと及びその額が低額に過ぎることなどについて、公社のみを責めるのは相当ではなく、むしろ、公社が一〇・一三確認及び一二・一八確認のような約束をし、それに基づいて有額回答をしたことは、公社が従来よりも一歩前進した態度を示したものと評価すべきであり、公社は右両確認を全く無視したものであつて労使間の重要紛争事項の処理につき誠意をもつて臨んだものとは到底認め難い旨の原判決の判断は相当ではなく、原判決が右のような判断をしたのは、前記(一)において説示した公社の当事者能力に関する制限を十分考慮しなかつた結果事実を誤認したものといわなければならない。論旨は理由がある。

第五、控訴趣意第二の二の主張について

論旨は、要するに、原判決は、公労法一七条に違反する争議行為を理由とする同法一八条による解雇は通常解雇であつて懲戒解雇ではないと解すべきであり、又、就業規則は、本来業務が正常に運営されている場合を前提としてそこにおける企業の経営秩序維持を図ることを目的とし、その企業経営内において就業するすべての職員の個別的労働関係を規制することを目的とするものであると解するのが相当であり、集団的、組織的労働関係である争議行為は、労働者が企業の有機体制から一時的、集団的に離脱することを本質とし、その間使用者の指揮命令権は停止される反面、個個の労働者は労働者団体の統制に服することになるものであるから、就業規則は少なくとも単純な労務不提供にとどまる争議行為に対しては適用を許されないものと解するのが相当であり、公労法も同法一七条の争議行為の禁止(絶対的禁止でなく制限と解すべきである。)違反に対する効果として、同法一八条において解雇の自由を定め、同法三条において労働組合法八条の適用除外を定めるにとどまり、公労法一七条違反の争議行為を懲戒の対象としてはおらず、そして、これこそ公共企業体職員の労働関係を規律する基本法たる公労法の争議行為に対する根本的態度であると解され、一方、公社法三三条は、職員の一定行為に対する懲戒処分として免職、減給又は戒告の処分を定め、同条に基づく公社職員就業規則はその五条一項において、職員のみだりに欠勤し、遅刻し、もしくは早退するなど局所内の秩序に違反する行為を禁止する旨規定し、これに違背する行為について同規則五九条一八号に右五条違反行為を懲戒処分の対象として掲記しているが、同条一九号は、さらに懲戒処分の対象行為として故意に業務の正常な運営を阻害し、もしくは妨げることをそそのかし、又はあおつたときをも掲記しており、他方、同規則六条は、公労法一七条一項と全く同旨の争議行為禁止規定を設け、これに違反する行為に対する効果として、前記懲戒の根拠規定と異なり、ことさら同規則五六条が同規則六条に違反する行為があつたときは公労法一八条により解雇される旨規定しており、右五条違反の行為及び同規則五九条一八号、一九号違反の行為が業務の正常な運営を阻害するという点においては右六条違反の争議行為と異なるものでないことを考えると、公社法三三条及び公社職員就業規則五九条一八号、一九号は正当な争議行為は就業規則による懲戒になじまない行為であるとの見解に立脚して制定されたものと解されるところ、昭和四〇年四月二〇日、二三日に組合が行つた半日ストライキは、その目的も手段も相当性の範囲を逸脱していないから、右半日ストライキは公労法一七条に違反した争議行為であることは明らかであるにしても直ちに公社法三三条、公社職員就業規則五条、五九条一八号、一九号所定の懲戒事由に該当する違法な行為とは即断し得ず、従つて、公社が右公社法及び公社職員就業規則を適用して停職以下の懲戒処分を行つたことは懲戒権の濫用であつて違法であるといわなければならないとの見解のもとに、被告人の本件行為は違法な右懲戒処分の撤回要求という正当な目的でなされた旨認定しているが、一般に不法行為については団体の機関であると機関でない構成員であるとを問わず、その行為は法的には行為者個人の行為として評価されるのであり、従つて、免責をはずされた争議行為について不法行為が成立するときは組合員個人の行為として責任を負わされ民事、刑事上の責任を問われるのは当然であるから、組合員個人に対して違法な争議行為をした責任を問い、その者を公社職員就業規則の定める懲戒処分の対象とすることは可能であるといわなければならず、又、前記半日ストライキが目的及び手段共に相当であつて公社法及び公社職員就業規則の懲戒事由に該当する違法な行為とは解されない旨の原判決の判断は、昭和四一年一〇月二六日の最高裁判所大法廷判決(いわゆる全逓中郵事件判決)の判断を基礎としたものと解されるが、右判決は、刑事免責の有無についての判断を示したに過ぎず、民事責任を否定しない旨明示しているから、前記半日ストライキが同判決の示す刑事免責の前提要件を充足しているとの理由をもつて民事責任である懲戒処分をも免れるものと解するのは甚だしい論理の飛躍といわなければならず、さらに、公社職員就業規則五九条一八号、一九号は、実質的に業務の正常な運営を妨げる行為を懲戒事由として掲げているのであるから、それが個人的行為としてなされたものであろうと争議行為としてなされたものであろうと、公社の業務の正常な運営を阻害する行為はすべて同規則五九条一八号、一九号に該当するから、同条同号が「争議行為」という表現をとつていないからといつて争議行為に対し同規則の適用を排除することはできないから、公労法一七条違反の争議行為をした職員に対し、公社法及び公社職員就業規則五九条を適用して懲戒処分をなし得ない理由はなく、公労法一七条違反の争議行為をした職員に対し同法一八条を適用して解雇するかあるいは公社法三三条、右就業規則五九条を適用して懲戒処分に付するかは公社の裁量に任せられているものと解するのが相当であり、従つて、前記半日ストライキをしたことを理由として公社が行つた停職以下の懲戒処分は適法といわなければならないから、前記理由により右懲戒処分が懲戒権の濫用であると判断し、被告人の本件行為は右違法な懲戒処分の撤回要求という正当な目的をもつてなされた旨認定した原判決は、ストライキの違法性、懲戒処分の適法性に関する公労法等の解釈適用を誤り、ひいては事実を誤認したものといわなければならない、というのである。

そこで、検討するのに、なるほど、公労法は、一八条において、一七条の禁止する争議行為等をした職員は解雇されるものとする、と規定し、三条において労働組合法八条の適用除外を定めるにとどまり、公労法一七条の禁止する争議行為等が懲戒の対象となるものとは定めておらず、しかも、右解雇は職員が同法一七条の禁止する争議行為を行つたことを理由として労働契約を解除するいわば通常解雇であつて懲戒解雇ではないと解すべきであることは原判決説示のとおりであるが、これらのことから直ちに公労法が、同法一七条違反の争議行為をした職員に対し公社法及び公社職員就業規則の懲戒処分に関する規定の適用を排除しているものと解することは困難であり、又、同法一七条の禁止する争議行為は集団的、組織的労働関係ではあるが、同法一七条に違反する違法な争議行為(前記半日ストライキが同法一七条に違反する争議行為であることは原判決も認めるところである。)は、たとえ、それが単純な労務不提供にとどまる争議行為であつても、争議行為としての保護を受けず、そのような争議行為は法的には集団的基礎を欠く組合員の個別的行為の集積に過ぎないものと解すべきであるから、就業規則が職員の個別的労働関係を規制することを目的としているからといつて公労法一七条違反の争議行為(単純な労務不提供にとどまる争議行為であつても)に対し懲戒処分に関する就業規則の規定が適用されないいわれはなく、さらに、原判決指摘の公社法三三条、公社職員就業規則五条一項、六条、五六条、五九条一八号、一九号の規定の仕方からしても、公社法三三条及び公社職員就業規則五九条一八号、一九号が、正当な争議行為は就業規則による懲戒になじまない行為であるとの見解に立脚して制定されたものとは到底解されず、さらに、又、原判決が前記半日ストライキは公労法一七条に違反するが、その目的、手段共に相当であるから公社法及び公社職員就業規則の右規定の定める懲戒事由に該当する違法な行為とは即断できない旨の説示は、最高裁判所の昭和四四年四月二日の大法廷判決(いわゆる都教組事件判決)や、昭和四一年一〇月二六日大法廷判決(いわゆる全逓中郵事件判決)のいわゆる限定解釈の立場を懲戒処分についても適用しようとする見解をとるものと思われるが、右最高裁判所の判決は刑事免責についての判断を示したに過ぎないのみならず、右最高裁判所の判決の立場は、同裁判所大法廷が昭和四八年四月二五日言い渡したいわゆる全農林警職法事件判決や全農林長崎事件判決などにより否定されているから、原判決の右見解も首肯し難く、他に、公労法一七条違反の争議行為に対し、懲戒処分に関する公社法及び公社職員就業規則の規定の適用を否定すべき合理的根拠は見当たらず、この点については、最高裁判所昭和四三年一二月二四日第三小法廷判決(いわゆる千代田丸事件判決)(民集二二巻一三号三〇五〇頁)が、公労法一八条の法意につき、「同条の趣旨とするところは、右の違反行為をした職員は、当然にその地位を失うとか、一律に必ず解雇されるべきであるというのではなく、例えば日本電信電話公社法三一条、三三条等の定める職員の身分保障に関する規定にかかわらず、解雇することができるというにあり、解雇するかどうか、その他どのような措置をするかは、職員のした違反行為の態様、程度に応じ、公社の合理的な裁量に委ねる趣旨と解するのが相当である。そして、職員の労働基本権を保障した憲法の根本精神に照らし、また、職員の身分を保障している右公社法の趣旨にかんがみると、職員に対する不利益処分は、必要な限度を超えない合理的な範囲にとどめなければならないものと解すべきである。」と判示しているとおり(右判決は、公労法一七条の違反行為をしたものに対し公社法三一条、三三条等の適用があることを肯認しているものと解される。)公社職員の争議行為が公労法一七条一項の要件のみならず、公社法等の懲戒規定の要件をも充足する場合には右懲戒規定の適用が許され、公労法一八条により解雇するかあるいは右懲戒規定により懲戒処分の措置をとるかは、当該争議行為の態様、程度等に応じ公社の合理的な裁量に委ねられているものと解すべきであるところ、公社職員が前記半日ストライキを行つたことが、公社職員就業規則五条一項の「みだりに遅刻し」に当たり(辞令上の懲戒理由は「無断欠勤」と記載されているが、これは、無断欠勤、無断遅参、無断早退を総称する意味で記載されたもので、実際の処分理由は無断遅参であることは、北井義一の原審公判廷における証言及び労働協約類集五九一頁の三八中覚第二十八号により明らかである。)、同規則五九条一八号の懲戒事由に該当すると共に、同条一九号前段の懲戒事由にも該当すること、前記半日ストライキを指導した者が同条一九号後段の懲戒事由に該当することは証拠上明らかである。してみると、公社が前記半日ストライキに参加した組合員、同ストライキを指導した組合の分会役員及び支部役員等に対し公社法及び公社職員就業規則の右規定を適用して停職以下の懲戒処分をしたことは違法とはいえない。尤も、公社職員の労働基本権を保障した憲法の根本精神に照らし、又、職員の身分を保障している公社法の趣旨にかんがみると、公社職員に対する不利益処分は、必要な限度を超えない合理的な範囲にとどめなければならないものと解すべきであることは右最高裁判所判決の判示するとおりであるから、かかる観点からして前記懲戒処分の相当性が問題となるが、前記半日ストライキの回数、規模、同ストライキにより現実に公社の業務の運営が相当阻害されたものと認められること(須田徹の原審公判廷における証言等による。)等に徴すると、同ストライキの目的が正当であつたこと、同ストライキを実施するについて全事業所一斉に実施することを避けていること、公社と組合との前記中央交渉における公社側の態度、前記懲戒処分が大量の処分であつたこと等証拠上認められる諸事情を考慮しても、公社の前記懲戒処分が合理的裁量権の範囲を逸脱し懲戒権を濫用してなされた処分であることは認め難く、殊に、被告人らが撤回を図ろうとした組合の長田分会における懲戒処分は減給以下の軽い処分であるから、右処分が懲戒権の濫用による処分であるとは到底認め難い。

以上の次第であるから、原判決が、前記のような理由に基づき、公社の前記懲戒処分を懲戒権の濫用による違法な処分であると判断したうえ、被告人の本件所為は右違法な処分の撤回要求という正当な目的をもつてなされた旨認定したのは、原判決が懲戒処分に関する公労法、公社法、公社職員就業規則等の解釈適用を誤り、ひいては事実を誤認したものといわなければならない。論旨は理由がある。

第六、控訴趣意第二の三の主張について

(一)  控訴趣意第二の三の1について

論旨は、要するに、組合が前記懲戒処分撤回斗争の斗争手段として用いたパルチザン斗争の実態は、公社の下部管理者に対する長時間交渉の強要、懲戒処分の理由の説明要求、ビラ貼り、ゼツケン着用、電話戦術等の方法によるいやがらせを執拗に継続することにより職制の麻痺を企図したものであり、検察官は、原審において、右事実を主張、立証しようとしたのに対し、原裁判所は、検察官の冒頭陳述中長田電報局における組合のパルチザン斗争の実態に関する部分を被告人の本件行為と関連がないとして削除するよう命じ、この点に関する検察官の証人申請をも却下し(原審第一二回公判期日において)、検察官の立証を全く許さなかつたにもかかわらず、原判決中においては、長田電報局における組合のパルチザン斗争の状況を認定し、被告人の本件行為はパルチザン斗争の一環としてなされたことを認めたうえ、被告人の本件行為は局長らに対し前記懲戒処分の理由の説明要求及び不当な前記懲戒処分に対する抗議を主目的としたものでその目的は正当である旨一方的に認定したのは極めて不当であり、原判決はこの点につき審理不尽の違法を犯したものである、というのである。

然しながら、記録によれば、検察官の冒頭陳述中所論の部分については、検察官が被告人の本件行為との関連性を明確に釈明しなかつたために、原裁判所は被告人の本件行為との関連性が明確ではないとの理由により削除を命じたものと認められるから、原裁判所の右削除命令は不当とはいえず、又、記録によれば、原裁判所が原審第一二回公判期日において、組合のパルチザン斗争の状況を立証趣旨とする証人須田徹の尋問請求を却下したのは、同証人が、原審第五回公判期日において、検察官の申請により既に尋問され、その際の尋問事項中には右立証趣旨を含む「前記懲戒処分に対し組合側のとつた斗争の概要」という尋問事項が含まれていたこと及び原審第六ないし八回各公判期日において、検察官申請の証人北井義一及び同岩崎昇二郎が尋問されており、その際、長田電報局における組合のパルチザン斗争についても或程度尋問がなされていたことによるものと思われるから、原裁判所が右証人申請を却下しても、検察官に対し右パルチザン斗争の実態について全く立証を許さなかつたことにはならず、従つて、原裁判所の右証人申請却下は不当とはいえないのみならず、検察官の冒頭陳述中原裁判所から削除を命ぜられた部分に記載された事実が完全に立証されなくても、被告人の本件行為の主目的についての原判決の認定が誤りであることは、後記説示の如く、被告人の本件行為の態様、程度に徴して明らかであるから、原判決には、所論の点につき審理不尽の違法は存しないものといわなければならない。論旨は理由がない。

(二)控訴趣意第二の三の3及び5について

論旨は、要するに、原判決は、「当裁判所の判断」第一において「被告人の本件公訴事実の時点における行動」として原判示事実を認定し、「当裁判所の判断」第三の二の(三)において、被告人は、局長及び次長に対し前記懲戒処分理由の説明を要求し、かつ不当な前記懲戒処分に対する抗議をすることを主目的として本件に及んだものであり、被告人の本件行為の目的の中に局長及び次長に対するいやがらせの目的を含んでいたことを否定し得ないとしても、それは、局長、次長に対する肉体的苦痛を与える目的でなされたものではなく、通信室における被告人の行為は抗議に熱が入り過ぎたことに触発された偶発的なものであつた旨認定しているが、被告人の本件行為は、その態様等から考えると、局長及び次長に対し肉体的苦痛を与える目的ならびにいやがらせや吊し上げをする目的で計画的になされた犯行であることは明らかである。即ち、被告人は、午前一〇時頃局長室に入室直後「お前の体についておる狐を叩き出してやる」といいながら矢庭にうしろに隠し持つていた石油空缶を局長の耳もとで五、六回がんがん鳴らし、その後で「不当処分撤回」と三回叫んで同室から退出したものと認められ、右経緯からすれば、被告人の局長室における右犯行は、前記懲戒処分の理由の説明要求の目的ではなく、局長に対する吊し上げの目的で計画的になされたものであることは明らかであり、次に、午前一一時頃通信室に赴いた際も、被告人は、入室直後いきなり次長のバンドのあたりに懐中電灯様のものを押しつけるなどし、「不当処分撤回」と叫んで石油空缶を連打し、局長が次長に対する抗議をやめさせようとしたところ、被告人は、「なにおすつこんどれ」といつて局長の両肩を突きとばし、「お前も一緒にやつてやろう」といつて腕をもつて次長の横に並ばせ、局長が、前記懲戒処分の理由を説明したのに対しいきなり「この汚ない手で処分したのか」などと罵倒して手刀様式や「しつぺ」で局長及び次長の手を殴打したうえ、「お前らの体に狐や狸がついておるから叩き出してやろう」といつて石油空缶を局長の耳の近くで連打し、さらに、局長に対し「警察ぐらい来たらぶん殴つてやるぞ」といつたり、次長に対し「怒るなら怒れ、とんで火に入る夏の虫や」とか、「お前ら管理者といいながら可哀想なもんじやのう、何も知らされんとつてまあ、本社、本部間でかなりの話ができておるのに何も知らんと、お前ら散兵線の花と散るんじやのう」といつたりしており、その間、組合の長田分会の役員らはその場にいながら懲戒処分理由について何らの発言もしていないのであつて、これらの諸事実に徴すると、通信室における犯行は、被告人が最初から局長らが懲戒処分の理由について説明できないことを知悉しながら、懲戒処分理由の説明要求及びその処分に対する抗議に藉口して末端管理者である局長及び次長にいやがらせや吊し上げをする目的でなしたものであることは明らかであり、又、被告人の暴行の程度が後述の如く極めて高度であつたことに徴すると、被告人の本件行為が局長らに対する肉体的苦痛を与える目的でなされたことも明らかであり、又、通信室における被告人の犯行は、三〇分ないし四〇分の間に亘り反覆継続的に行われていること、石油空缶を当初から携行していること、組合の分会役員らを立ち会わせていることなどに徴すると、いやがらせ、吊し上げを企図した計画的犯行であつたことは明らかであり、原判決にはこれらの点につき事実の誤認がある、というのであるが、右論旨に対しては、後記第七の一の論旨に対する判断と合わせて判断する。

(三)控訴趣意第二の三の2及び4について

論旨は、要するに、原判決は、被告人の本件行為は局長及び次長に対し前記懲戒処分の理由の説明要求及び不当な前記懲戒処分に対する抗議を主目的とするものであるところ、前記懲戒処分の理由の説明については、(イ)近畿電気通信局と近畿地方本部との間に、管理者が被処分者個個人に対して処分理由を説明する旨の了解が成立していること、(ロ)神戸都市管理部と兵庫県支部との間においても、業務に支障がない限り勤務時間中でもその説明を求めることができる旨の合意がなされていること、(ハ)長田電報局においては、従来兵庫県支部の組合役員が来局した際、それは同局に対応する組合機関ではないが、局長及び次長は勤務時間中でもこれに応接し、その組合活動を行うことを承認していた慣行があつたこと、(ニ)本件の際局長及び次長が被告人の説明要求に対して何ら拒絶しなかつたばかりか、むしろ、これに応じていたことの諸事実を綜合すれば、被告人の右説明要求の目的に何ら不当な点は見当たらず、又、前記懲戒処分に対する抗議も、右処分理由の説明要求と密接不可分の関係にあるから、右抗議の目的も正当である旨説示しているが、議事録照合事項近四〇照第五三号によれば、近畿電気通信局と組合の近畿地方本部との間に成立した了解は、(1)前記懲戒処分について組合側から交渉の申入れがあつたときは団体交渉に応じること、(2)被処分者個個人が所属管理者に処分理由を聞きに行つたときは、管理者がその被処分者に対して説明を行うことであつて、組合の支部役員が個個の職員の処分理由について現場管理者に質すことまでの了解は成立しておらず、又、支部交渉等記録書神四〇記第一一号によれば、公社の都市管理部と組合の兵庫県支部との間においても、公社側は職員が勤務時間中に処分理由の説明を求めることを容認しているが、(1)説明はあくまで被処分者個個人に対し行うものであり、(2)当該課の業務に支障がある場合及び当該課長自身が繁忙の場合は説明をしないことが条件となつていたことが明らかであり、本件のように組合の支部役員が下部組合員の受けた処分の理由を現場管理者に質問に行くとか抗議に行くことまでも合意したものではないことは明らかであり、さらに、長田電報局内において、組合の支部役員が長田電報局に来局した際、局長及び次長が勤務時間中でもこれに応接し、その組合活動を行うことを承認していた慣行があつたことは証拠上認め難く、さらに、又、局長及び次長が被告人の説明要求に対し拒絶しなかつたのは、被告人の荒い権幕と引き続く連続的暴行や数人の組合員に取り囲まれている状態のもとでは抵抗すると一層職場が混乱するおそれがあつたためやむを得ず被告人の説明要求を拒絶しなかつたのであるから、原判決が、前記(イ)ないし(ニ)の事実を根拠として、局長及び次長に対する被告人の懲戒処分理由説明要求の目的及び懲戒処分に対する抗議の目的が正当である旨認定したのは、事実の誤認である、というのである。

そこで、検討するのに、原判決が、被告人の右説明要求及び抗議の目的が正当である旨認定したのは、被告人の本件行為の主目的が右説明要求及び抗議にあつたものと認定したためと思われるが、後記認定によれば、被告人の本件行為の主目的は右説明要求及び抗議にあつたのではなく、被告人は右説明要求ないし抗議に藉口して局長及び次長に対しいやがらせをしようとしたのであるから、局長及び次長が右説明要求に応ずる義務を有しないことは当然であり、後記第七の二の(四)の(4)掲記の北井及び岩崎の各証言によれば、同人らは抵抗すれば一層職場が混乱することをおそれてやむを得ず被告人の説明要求に応じたものと認められるから、右説明要求の目的に何ら不当な点はなく従つて右抗議の目的も正当である旨の原判決の認定はその余の点を判断するまでもなく失当といわなければならない。論旨は結局理由がある。

第七、控訴趣意第二の四の主張について

一、論旨

論旨は、要するに、原判決は、「当裁判所の判断」第一において、「被告人の本件公訴事実の時点における行動」として原判示事実を認定し、「当裁判所の判断」第二において、右認定事実中、被告人が、局長の両肩に手をかけた所為、局長の左手甲を叩いた所為、局長の両肩に手をかけて前後にゆさぶつた所為、次長の左手甲をいわゆる「しつぺ」で叩いた所為、局長及び次長のそばで空缶を叩いた所為(局長室におけるそれを含む。)はいずれも暴行罪の構成要件に外形的には一応該当するものと認めたうえ、右暴行と目される各所為のうち、局長室における所為は瞬間的な極く軽度のものであり、通信室における所為は断続的にかついずれも極く短時間に行われたもので、その程度は極く軽いものであつたものと認め、このことのほか、局長及び次長は被告人が水を飲むために場をはずした際もそのまま待つていたこと、局長においては被告人に対していい返すなど自己の意思を明確に表明していること、被告人が石油空缶を叩いた際、「わしは左の耳が悪いから右の耳で叩いてくれんか」などと冗談をいつていること、局長及び次長は被告人の本件行為について当初から告訴などの意思を持つていなかつたことなどの諸事情を綜合し被告人の局長及び次長に対する法益侵害の程度は極く軽微であつた旨認定しているが、原判決の右認定は、被告人の一連の有形力の行使について、その態様、程度を不当に縮小し、もしくは不当に軽度に認定したものであり、局長及び次長に対する法益侵害の程度についても不当に軽微に認定したものであり、この点を具体的に検討すると、次のとおりである。

(一)、局長室における被告人の行為

この点につき、原判決は、被告人は石油空缶を手拳で叩いたもので、局長に対する身体的影響を与えるような高音を発する筈はない旨説示しているが、証人北井義一の原審公判廷における供述によれば、被告人は、石油空缶を固形物で激しく叩いたもので、そのために局長に対する身体的影響を与えるような高音を発したものと認めざるを得ず、従つて、被告人の局長室における暴行罪の程度が「極く軽度のもの」であつたとは到底認め難い。

(二)、通信室における局長に対する被告人の行為

原判決は、被告人は、局長に対し「お前なんか出て来いでええわ、へつこんどれ」といつて局長の両肩に手をかけたら、局長は二、三歩後退した旨認定しているが、証人北井義一及び同岩崎昇二郎の原審公判廷における各証言によれば、被告人は、局長に対し、「何をすつこんどれ」といいざま両手で強く局長の両肩を突きとばしたところ、局長は二、三歩よろけ、その後再び被告人の方へ近づいた際にも、被告人は、再び両手で局長の両肩を強く突きとばし、そのため局長は二、三歩よろけたことが認められる。次に、原判決は、二度に亘り被告人が局長の左手甲を自己の右手甲で三回位軽く叩いた旨認定しているが、北井及び岩崎の右各証言によれば、被告人は二度に亘り手刀様式で局長の左手甲を三、四回ないし四、五回強く叩き、そのため局長は四、五日間痛みを感じたことが認められる。次に、原判決は、被告人は、局長の顔の方に石油空缶を近づけて左右二回に亘り固形物で数回連打し、その際、局長は「わしは左の耳が悪いから右の耳で叩いてくれんか」などと冗談をいつた旨認定している点についても、右各証言によれば、被告人は左右二回に亘り、石油空缶を局長の耳の一五センチメートル位のところに接近させて固形物で五、六回宛激しく連打したのであつて相当激しい高音を発したことが窺われ、局長は、その結果、耳に痛みを感じ、一〇日間程通院した位であり、局長が「わしは左の耳が悪いから右の耳で叩いてくれんか」などと冗談をいうことは常識上考えられない。次に、原判決は、被告人は二度に亘り局長の両肩に手をかけて前後に軽く二、三回ないし三、四回ゆさぶつた旨認定しているが、右各証言によれば、被告人は、二度に亘り局長の両肩を掴んで押し、局長の背後にあつた原書保管箱の扉が「がちやがちや」鳴るほど強くゆさぶつたことが認められる。

(三)、次長に対する被告人の行為

原判決は、次長の左手甲をいわゆる「しつぺ」で数回軽く叩いた旨認定しているが、前記各証言によれば、「ぴたつ、ぴたつ」という音がするほど激しく叩き、そのために次長の左手甲が一時的に赤く腫れるほどの状態であつたことが認められる。

次に、原判決が、次長の顔の近くに石油空缶を近づけて左右両側で数回連打した旨認定している点についても、次長の前記証言によれば、被告人は、次長の左右両耳のはたで石油空缶を激しく連打したものであり、そのため次長は二日位痛みを感じたことが認められる。

(四)、被告人の行為の緊迫性について

証人北井及び同岩崎の原審公判廷における各証言によれば、本件の際の雰囲気は、弁護人申請の証人が述べているように局長が冗談をとばしたり、にこにこ笑つたりするなどのなごやかな雰囲気であつたとは到底認め難く、社会通念上極めて緊迫した状況であつたことが容易に看取されるから、このことからしても、原判決が「冗談めいたことをいいながら」「たわいもないことをいいながら」「軽く叩いた」「軽くゆさぶつた」などと被告人の言動や暴行を極めて些少なものの如く判断しているのは失当である。

(五)、局長及び次長が被告人に対しその行為を制止しあるいは退去を求める行為に出なかつた点等について

原判決は、「局長及び次長は、被告人に対し前記行為を制止あるいは退去を求めるなどの態度を示さなかつたばかりか、途中被告人が水を飲むために場をはずした際もそのまま待つていた」と判示し、これを法益侵害が軽微であつたことの一資料としているが、北井及び岩崎の前記各証言によれば、局長及び次長が被告人から暴行されるままになつていたのは、抵抗すると混乱し、却つて職場秩序が乱れるおそれがあり、避けるに避けられない異常な雰囲気であつたからであり、被告人が水を飲みに行つた際局長及び次長が立ち去らなかつたのは、現場に六人の執行委員が残つていて局長らを取り巻いており、その場を立ち去つても追つて来ることは当然考えられるから立ち去らなかつたのであり、原判示の右事実をもつて法益侵害の軽微性の徴表とするのは失当である。

(六)、証人金月幹男及び同野村澄男の原審公判廷における各証言は措信し難い点について

右両証人の証言を仔細に検討すると、上部機関の役員である被告人をかばおうとする形跡が明らかに看取され、その証言は信用し難いにも拘らず、原判決は、右両証人の証言を過信し、その結果、被告人の暴行の程度、態様を不当に軽微に認定するに至つたものと思われる。

以上の次第であるから、原判決が被告人の本件所為の態様、程度、法益侵害の程度を前記の如く認定したのは、証拠の価値判断を誤り事実を誤認したものといわなければならない、というのである。

二、判断

ところで、右論旨に対する判断と前記第六の(二)の論旨に対する判断は合わせて行うのが便宜であるから、以下右各論旨につき合わせて検討することとするが、検察官の右各論旨は、北井義一及び岩崎昇二郎の原審公判廷における各証言が信用し得るのに対し、被告人の原審公判廷における供述ならびに金月幹男及び野村澄男の原審公判廷における各証言はいずれも信用し得ないことを前提としており、これに対し、原判決は、主として被告人の右供述のほか金月及び野村の右各証言を信用し、これに副う事実を認定しており、弁護人も、北井は、ひようきんで至つて口軽い性格の人物であり、同人の証言には誇張された部分が多く、又、岩崎の証言態度には組合に対する敵意が露骨にあらわれており、北井ほどではないにしても被害状況を誇大に強調しようとする習性がみられるから、同人らの証言は信用できないのに対し、金月及び野村の各証言ならびに被告人の供述は信用できるから、原判決の右事実認定は正当である旨答弁しているので、右関係人の供述の信ぴよう性につき以下検討することとする。

(一)  右関係人の供述内容

(1) 被告人の局長室における行為

この点につき、証人北井義一は、原審公判廷において、被告人は、午前一〇時頃、局長室に庶務室側(南側)出入口から入つて来るや、机に向つて電信電話の収入に関する会計書類等の閲覧、決裁の職務を行つていた局長に接近し、いきなり「お前の体についておる狐を叩き出してやる」といいながら、うしろに隠し持つていた四リツトル入り石油空缶(当庁昭和四三年押第五三号の二と同種のもの)を、被告人の入室に気付き立ち上がろうとして中腰になつた局長の左耳から一五ないし二〇センチメートル位離れたところで、四、五回強く鳴らしたうえ、「不当処分撤回」と三回叫んで同室から退出した旨供述し、当審公判廷においても同旨の供述をしており、被告人は、原審公判廷において、午前一〇時頃、局長に来局の挨拶をするつもりで局長室に入り、「局長」と声をかけたところ、局長が「よう宮本君」といつて立ち上がり、ソフアに坐るよう手で合図をしたが、時間がないので、坐らず、「不当処分を撤回せよ」と挨拶のつもりで二回位叫んだら、局長が「不当処分していないですよ」と笑いながら、被告人を小馬鹿にしたような調子でいつたので、局長にも不当処分の狐か狸が体についているんじやないか、ということで、「狐か狸を追い出したろうか」といつて、携行した前記石油空缶(その際は局長の机の上に置いていた。)を手にとり、局長の前方一メートル位のところで二回位素手で叩いた後同室から退出したのであり、右石油空缶は、それを叩いて被告人が激励しに来局していることを組合員に知らせるために持つていたのであり、局長に対し意地悪をする意図はなかつた旨北井証人の右供述と相違する供述をし、当審公判廷においても同旨の供述をしており、原判決も、被告人の右供述に副う事実を認定している。

(2) 被告人の通信室における行為

証人北井義一及び同岩崎昇二郎は、原審公判廷において次のとおり供述し、当審公判廷においても同旨の供述をしている。

被告人は、午前一一時頃、組合の長田分会の分会長金月幹男ほか同分会の執行委員や組合員六名と共に一八リツトル入りの石油空缶(当庁昭和四三年押第五三号の一と同種のもの)を叩きながら通信室に赴いた。同室で机に向つて執務中の次長は、右石油空缶を叩く音と人声が廊下から聞えて来たので、資料等を机の引き出しにしまい込んで立ち上がり、机の近くに立つていたところ、次長が立ち上がると同時位に通信室に入つて来た被告人は自己の体で次長を押し、さらに、所携の懐中電灯様のものを次長のバンドの辺に押しつけ、「不当処分を撤回せよ」といいながら携行した前記石油空缶を一回位叩いた後、次長に対し「処分理由をいえ」と迫り、前期懲戒処分が不当であるとして激しく抗議をしたりした。その際、前記長田分会の執行委員らは次長を取り囲むようにしており、次長は終始沈黙を続けていたところ、この状況を庶務室を隔てた局長室において察知した局長が、この事態を収拾して職場秩序を維持するために午前一一時一〇分頃、通信室に入り、被告人に対し「これは現場やから話があるのなら局長室でしようやないか」といつたところ、被告人は「お前なんか出て来んでええわ、すつこんでおれ」といいざま両手で局長の両肩を突きとばし、そのため二、三歩後ろによろめいた局長が「話せばわかるんやないか」といつて被告人に接近するや、被告人は再び両手で局長の両肩を突きとばし、そのため二、三歩後ろによろけた局長が、三回目に被告人に接近したところ、被告人は、「お前も一緒にやつてやろう」といつて局長の上膊部を持つて次長の北隣りに坐らせ、局長に対し「おい、局長、我我はストライキをやつた、それに無断欠勤とは何事や、出勤簿をみれば無断遅参となつておるじやないか」と詰問し、これに対し局長が「君らのストライキやつたんはわかつておる、しかし、処分したんは無断欠勤でしておるが無断欠勤とは無断遅参、無断早退、無断欠勤を総称していうておるんであつて、事務上の処理としては出勤簿は無断遅参として処理しておる。」と答えるや、被告人は「この汚ない手で処分したのか」といつて、下腹部に組んでいた局長の左手甲をいわゆる手刀で四、五回強く叩き、次いで、下腹部で組んでいた次長の左手を掴んで腹部の辺まで持ち上げ、指を伸ばさせたうえ、いわゆる「しつぺ」で左手甲を四、五回強く叩き、続いて、局長に対し「お前が憎たらしいんじやない、お前の体にひそむ狐か狸が憎たらしいんだ」といつて、前記石油空缶を局長の左右の耳から一五ないし二〇センチメートル位離れたところで、二度に亘り固形物で五、六回宛激しく連打した後、前記懲戒処分発令時に組合の長田分会員が局長に抗議した際局長が「警察を呼ぶぞ」といつた点を質したうえ、「おい、呼ぶなら呼べ、警察ぐらい来たらぶん殴つてやるぞ」と申し向け、これに対し、局長が「君らがやつているようなことで警察を呼ぶ必要はない」といつたところ、被告人は、「生意気なことをいうな」といつて局長の両肩を両手で掴んで背後の電報原書保管箱の方へ押して二、三回前後にゆさぶり、その後、局長及び次長に対し「お前ら百円より昇給せいへんのや、百円でええんやな」といい、局長、次長が相次いで「公社からもらうものですからもらいます」と答えるや、前記石油空缶を次長の左右両側の耳のはたで四、五回宛激しく連打し、立腹した次長が、被告人の顔をにらみつけるや、被告人は「怒るなら怒れ、とんで火に入る夏の虫や」といい、その後、局長から「お前は力もそう出してやつてないと思つてやつておるが、わたしはお前に突かれたらひよろひよろするからやめておいてくれ」といわれるや、被告人は、「何をぬかす、この汚ない手で処分しやがつて」といいながら下腹部で組んでいた局長の左手甲をいわゆる手刀で三、四回強く叩き、次いで、次長に対し「次長、お前は労務担当やろ、労務担当なら担当らしくしつかりせい」と申し向け、局長が横合いから「次長は今年の二月に転勤したばかりで労務はあまり経験がない、それよりも経験の深いわたしにいえ」と口をはさんだのに対し、被告人は、「生意気なことをいうな」といいながら、再び局長の両肩を両手で掴んで三、四回前後にゆさぶつた後、「水を飲んで来る」といつて退室し、暫らくして同室に戻つた後、局長及び次長に対し「お前ら管理者といいながら可哀想なもんじやのう、何も知らされんとつてまあ、本社、本部間でかなりの話ができておるのに何も知らんと、お前ら散兵線の花と散るんじやのう」と申し向け、前記石油空缶を叩きながら「不当処分撤回」とシユプレヒコールを三回繰り返し「局長もうええわ」といい残して午前一一時四〇分頃同室から退出した。

これに対し、被告人は、原審公判廷において、次のとおり、北井及び岩崎の前記証言と相違する供述をし、当審公判廷においても同旨の供述をしている。

被告人は、午前一一時頃、局長及び次長に対し抗議をしに行くことになり、長田電報局配達控室付近から前記石油空缶を持ち出し、それを叩きながら金月分会長ら数人と共に同局通信室に赴き、自席の近くに立つていた次長に対し、「集団交渉をやる、支部と都市管理部との間に確認事項があるのを知つておつたやろ、説明をしておるか」と質したところ、次長が「説明しておる」と答えたので、「わしが今日は代つて聞く」といつたうえ、「我我はストライキをやつたんだ、にも拘らず無断欠勤ということしか書いてない、これはどうもおかしいじやないか、その点について一つ解明をしてくれ」と質問をしたが、次長は黙つたまま返答をしないので、次に、ストライキに対しては事業法は適用できず、公労法しか適用できないのではないかとの法律問題等について質問をしたのに対し、次長は返事をしないので、返事を促していた際、局長が同室の入口に来て「こつちへ来てくれ」といつたが、これを無視したところ、局長は、二、三歩室内に入り、「次長は新米やからわしが聞くからこつち来いや」といつて被告人の肘の辺を掴むようにしたのでそれを軽く払いのけ、あとで聞きに行くつもりで「へつこんでおれ」といつたが、その時局長は別によろけることはなく、自ら次長の横に並んだので、局長に対し「ストライキをやつたのに、無断欠勤とはどういうことか、最高責任者である局長から我我が納得のいくような説明をしてくれ」といつたところ、局長は、「事務処理上ですわ、そんないうたらわかりまつしやろな」と不真面目な返答をするので、「それはけしからんじやないか、真面目にものをいいなさい」といつた。次長の左手甲にいわゆる「しつぺ」をしたことはあるが、それは次長が質問をしても答えようとしないので、「ものをいいなさい」という意味で軽く「しつぺ」をしたのであり、局長も黙つて答えようとしないので、返答を促す意味で手の甲で局長の手の甲にちよいちよいと二、三度さわつただけであり、前記石油空缶を叩いたのも局長が返答をしないので、返答を催促する意味で一メートル位離れたところで二回程度叩いただけであり、それに対し、局長は、「こつちの耳が痛いからこつちの耳で叩いてんか」といい、小馬鹿にしたような態度を示した。又、局長が質問しても答えないので、一息ついて来ようと思い、「よう考えておいてくれ、水飲んでくら」といつて水を飲みに行くとき局長の肩に手を置いたことがある。水を飲んで来てから局長に対し「分会の諸君が来たときには『警察を呼ぶぞ』といつたことがあるそうだけれども事実か」ときいたら、局長は「そんなものいつていないですよ」と答えたので、「労使問題について警官を呼んでどうこうするということはけしからんではないか、どうしても呼ぶんなら今呼んで来い、迷惑するのは警察だけだ」といつたことはある。一二時から須磨分会に行く予定があつたので一一時三五分頃同室から退去したが、その間局長は平気な顔をして冗談もとばす状態だつた。以上の事実に反する北井及び岩崎の前記証言部分は事実に反する。

なお、被告人と共に通信室に赴いた金月幹男及び野村澄男も原審及び当審各公判廷において、被告人の右供述に副う供述をしている。

(二)  右関係人の供述の信ぴよう性

北井の性格については、なるほど、証人金月が、原審公判廷において、北井はひようきんな人を小馬鹿にしたような性格である旨供述しており、北井自身も、原審公判廷において、「自分は至つて口が軽い方で、ようしやべる方です」と証言しており、同人の証言にはその表現方法にやや誇張的と思われる部分が散見されるが、岩崎の当審における証言態度のほか、同人の原審及び当審における証言内容に徴しても、同人が組合に対する敵意のために被害状況を誇大に強調して証言しているとは認め難く、同人の証言中、例えば、同人が、原審公判廷において、午前一一時頃被告人が通信室に入つて来て最初に石油空缶を叩いた状況につき、検察官から「一回ですか数回ですか」と質問されたのに対し、「いや一回じやなかつたかと思います……」と答え、検察官からさらに「四、五回叩いたんじやないんですか。」と質問されても、「回数はその時は覚えておらないんです……」と答え、叩いた位置についても、検察官から「どのへん叩きました」と質問されたのに対し「いやその時ははなれてですから……」とはつきり答えている点等からしても同人が被告人らに対する敵意のために被害を誇張して証言したとは考えられず、同人の証言は信用するほかはなく、北井の証言も、その表現方法にやや誇張的な点があるほかは、岩崎の証言とその大綱は一致しているから、北井の証言もその大綱は信用し得るものといわなければならない(部分的証言の信ぴよう性については後に説示する。)のに対し、被告人の供述は、仔細に検討すると、弁解的であいまいな供述が多く、供述内容自体からして信用性が低く、被告人の右供述に近い趣旨の供述をしている金月及び野村の各証言もその供述内容からして被告人をかばうための供述と考えられるから措信し難い。

そこで、右のような前提のもとに、さらに、右各論旨につき検討を進めることとする。

(三)  控訴趣意第二の三の3及び5について

(1) 被告人の局長室における行為

被告人の局長室における行為の経緯についての北井の前記証言と被告人の前記供述は著しく相違しているところ、北井の前記証言は、同人の記憶違いによるものと疑うべき事情は見当たらず、又、被告人が局長室において石油空缶を叩くに至つた経緯についての同人の証言は、その点についての被告人の供述とあまりにも著しく相違しており、それが同人の単なる誇張による証言とは考えられないし、被告人の暴行に至る経緯に過ぎない事実についてまで同人がことさらに著しい虚偽の証言をしたとも考えられないから、同人の前記証言は信用せざるを得ず、これに対し、被告人がわざわざ不必要な石油空缶を携行して局長室に赴いた事実からすれば、局長室において偶発的に右石油空缶を叩いた旨の被告人の前記供述こそ疑わしく、北井の前記証言によれば、被告人は局長室に入ると直ぐ「お前の体についておる狐を叩き出してやる」といつて携行した前記石油空缶を北井の耳もとで連打した後「不当処分撤回」と三回位叫んで退室したのであるから、被告人が局長室に入室したのは、前記懲戒処分の理由の説明要求の目的でないことは勿論、真面目に局長に挨拶する目的であつたとも認め難く、被告人は当初から計画的に局長に対しいやがらせをする目的で入室したものと認めるのほかはないのみならず、右石油空缶の連打行為が後記の如くかなり激しかつた点に徴すると、右行為は短時間の行為とはいえ、局長に対する肉体的苦痛を与える目的でなされたものと認めざるを得ない。

(2) 被告人の通信室における行為(午前一一時頃の)

被告人の右行為についての北井及び岩崎の前記各証言によつて認め得る諸事実、殊に、(イ)被告人が前記懲戒処分の理由の説明要求ないし右処分に対する抗議をするについて何ら必要のない前記石油空缶を携行して通信室に赴いていること、(ロ)被告人は入室後いきなり自己の体で次長を押し、さらに、所携の懐中電灯様のものを次長のバンドの辺に押しつけたうえ、前記石油空缶を叩いていること、(ハ)局長が通信室に入つて来たのに、被告人は局長に対し前記説明要求ないし抗議をすることなく、「すつこんでおれ」といつて二回に亘つて局長の両肩を突きとばしていること、(ニ)三回目に被告人に接近した局長に対し、被告人は「お前も一緒にやつてやろう」といつて局長の上膊部を持つて次長の隣りに並ばせていること、(ホ)被告人は、局長及び次長が前記懲戒処分の理由を説明したり、被告人の詰問に対し返答したりしているにもかかわらず、局長及び次長の手甲をいわゆる手刀又は「しつぺ」で叩いたり、前記石油空缶を局長及び次長の耳もとで連打したりしたものであり、局長及び次長がものをいわないために右のような有形力を加えた旨の被告人の前記供述は信用できないこと、(ヘ)被告人から暴行を加えられて立腹した次長が被告人をにらみつけたのに対し、被告人は「怒るなら怒れ、とんで火に入る夏の虫や」といつていること、(ト)被告人が局長の両肩を掴んで前後にゆさぶつた暴行も、局長が、被告人から「警察を呼ぶなら呼べ」といわれたのに対し、「お前らのやつているようなことで警察を呼ぶ必要はない」と答えた際及び局長が「次長は今年の二月に転勤したばかりで労務はあまり経験がない、それよりも経験の深いわたしにいえ」といつた際に「生意気なことをいうな」といつて加えられたものであり、理由のない暴行であること、(チ)通信室から立ち去る直前、被告人は、局長及び次長に対し、「お前ら管理者といいながら可哀想なもんじやのう、何も知らされんとつてまあ、本社、本部間でかなりの話ができておるのに何も知らんと、お前ら散兵線の花と散るんじやのう」と申し向けていること、(リ)局長及び次長は、前記懲戒処分の処分者ではなく、その処分理由の詳細については上部機関から知らされていなかつたこと、(ヌ)被告人は約三〇分の間に、局長及び次長に対し外形上明らかに暴行と思われる有形力を次次に相当回数加えていること、(ル)北井が原審公判廷において、「処分理由を聞くというのは一つの口実であつて、皆戦戦恐恐と局長連中しとつたから、私らに対してのいやがらせと結局スケジユールを組んでおつたのをその通り実行されたんじやなかつたかと私は判断しております。」と証言している点などの諸事情のほか、被告人の前記有形力の行使が後記の如くかなり激しいものであつた点を合わせ考えると、被告人が午前一一時頃通信室に赴いたのも局長及び次長に対し前記懲戒処分の理由の説明要求ないし右処分に対する抗議をすることが主目的であつたとは認め難く、又、同室における被告人の前記有形力の行使が、原判決説示の理由、即ち、局長及び次長が前記懲戒処分理由を明確に説明し得なかつたことないしは抗議に熱が入り過ぎたことに触発されて偶発的になされたとも認め難く却つて、被告人は、局長及び次長が末端管理者であつて前記懲戒処分の理由についても十分説明し得ないことを知りながら、右説明要求及び抗議の名のもとに、局長及び次長に対し個別的にいやがらせをしようと企図し、前記金月ら数名と共に通信室に赴き、先ず次長に対しいやがらせをしていたところ、局長が通信室に入つて来たので、局長及び次長に対し同時にいやがらせをするに至つたものと認めるのが相当であるのみならず、被告人の同室における有形力の行使は局長及び次長に対し肉体的苦痛を与える目的でなされたことも明らかである。

従つて、控訴趣意第二の三の3及び5の論旨に反する事実を認定した原判決には事実の誤認が存するものといわなければならない。論旨は理由がある。

(四)  控訴趣意第二の四について

(1) 被告人の局長室における行為

被告人が局長室において前記石油空缶を叩いた際手拳で叩いたか否かにつき、北井義一は、原審及び当審各公判廷において音が大きく金属音がした点からして被告人は手拳ではなく何か固いもので叩いたと思う旨証言しているのに対し、被告人は、終始素手で叩いた旨供述しているので、先ずこの点につき判断するのに、岩崎昇二郎の原審公判廷における証言によれば、被告人は、局長室に入る直前通信室において同じ石油空缶を叩いた際には次長の机の上にあつた灰皿の蓋で叩いたことが認められ、このことからすれば、被告人は局長室に入つた際には石油空缶を叩くための固形物を所持していなかつた可能性が大であるし、被告人が叩いた石油空缶と同種の空缶である当庁昭和四三年押第五三号の二の石油空缶によつて検証した結果によると、右石油空缶を手拳で叩いた場合でも、強く叩いた場合には、発する音の大小及び音質は器物で叩いた場合と明確に区別し得ないことが認められ、これらの諸事情に徴すると、被告人が固形物で石油空缶を叩いたことには疑いがあるから、被告人は手拳で石油空缶を叩いたものと認めるほかはない。そこでこの事実を前提として被告人がどの程度激しく石油空缶を叩いたかにつき検討するのに、この点につき、北井は、原審公判廷において、被告人が局長室において石油空缶を叩いた際には、相当耳にこたえ、その後一、二分間耳の奥から頭の方へじんじんして痛いので、長椅子の方へ行つて耳をもんだりさすつたりして暫らく休んでいた旨証言しているところ、原判決は、被告人が叩いた空缶の材質、大きさ、形態と打撃に使用したものが手拳に過ぎなかつたことなどに徴し、その際、北井の右供述のような身体に影響を及ぼすような高音を発したものとは全く考えられない旨説示しているが、北井及び谷〓一の原審公判廷における各証言によれば、北井は二〇才頃左耳に中耳炎をわずらつたため耳が弱いこと及び被告人は同人の一五ないし二〇センチメートル位離れたところで、石油空缶を叩いたことが認められるのみならず、前記の如く、被告人が叩いた空缶は手拳で叩いても相当高音を発することが認められるから、右空缶の材質、大きさ、形態のほか、被告人が手拳で叩いたに過ぎないことを考慮に入れても、被告人の叩いた石油空缶が、北井の前記供述にあらわれた程度の身体的影響を及ぼす高音を発したことは考えられないことではないから、同人の前記証言は信用するほかはない。

(2) 被告人の通信室における行為(午前一一時頃の)

(イ)先ず、原判決は、被告人は、通信室に入つて来た局長に対し「お前なんか出て来んでええわ、へつこんどれ」といつて局長の両肩に手をかけたら、局長はそのはずみで二、三歩後退した旨認定しているが、原判決の右認定事実は北井の証言からも被告人の供述からも認め難い。ところで、北井は、原審公判廷において、通信室に入つたところ、被告人から「お前なんか出て来んでええわ、すつこんでおれ」といわれ、両肩を被告人の両手で突かれ、そのため二、三歩後ろによろけたが、「話せばわかるんやないか」といつて被告人に近づいたところ、再び両肩を被告人の両手で突かれ、そのため後ろに二、三歩よろけた旨証言し、当審公判廷においては、右の趣旨の証言に加えて、最初突かれたときは、中腰みたいになつて左手を床についた旨の証言をしているところ、岩崎も原審及び当審各公判廷において、北井の原審公判廷における右証言と同旨の証言をしているから、右両名の証言によれば、北井は、二回に亘りその両肩を被告人の両手で突かれ、そのため後ろに二、三歩よろけたことが少なくとも認められるのみならず、北井の原審及び当審各公判廷における証言によれば、同人は被告人に両肩を突かれて後ろによろめいた際踏みこたえたため履いていたスリつパが破れかけたことが認められるのであつて、これらの事実に徴すると、被告人が局長に加えた右有形力の行使は、原判決が認定するような極く軽いものであつたとは到底認め難く、むしろ、相当強度の有形力の行使であつたものと認めざるを得ない。(ロ)次に、原判決は、局長が前記懲戒処分の理由を説明した際、被告人が「この汚ない手で処分しやがつて」といいながら、下腹部に組んでいた局長の左手甲を自己の右手甲で軽く叩き、さらに、その後も、「何をぬかす、この汚ない手で処分しやがつて」といいながら局長の左手甲を三回位自己の右手甲で軽く叩いた旨認定しているが、北井及び岩崎の前記各証言によれば、被告人は、前記懲戒処分の理由を説明した局長に対し「この汚ない手で処分したのか」といつて下腹部に組んでいた局長の左手甲をいわゆる手刀で四、五回叩き、さらに、その後も、「何をぬかす、この汚ない手で処分しやがつて」といいながら下腹部に組んでいた局長の左手甲をいわゆる手刀で三、四回叩いたことが認められる。そして、叩かれたことによる肉体的苦痛について、局長は、「赤くはれたというんではないですが、ちよつと、桃色がかるかいなあ、血管が出ておりますんで、そんな判断かいなあとは思つておりましたが、若干筋がひきつつたような感じもしまして。」「四、五日は指を動かすたびに筋がつつたようで痛みましたけれども、わたしは学生時代じきよう術をならつておりましたんで、それで、たえずマツサージをやりましてほどなくなおりました。」と供述し、当審公判廷において、「そう痛みはなかつたけれども、筋がつつぱつてこうやるとなにかぎこちないような感じはしておつたです。」「それは、血管か何かしらんが紅色がかつてふくれ上がつておりました。」「三日ぐらいでしようね」(何日ぐらいそんな色がついておりましたかの問に対し)と供述している。そして、北井の右供述には、誇張的と思われる部分も存し全面的には信用できないが、岩崎が当審公判廷において、局長が被告人に手の甲を叩かれた際の状況につき、「やつぱりパチンという音がしました。」と供述している点及び後記の如く、被告人が岩崎の手の甲をいわゆる「しつぺ」で叩いた際にも相当強く叩いたものと認められる点に徴すると、北井も岩崎と同様相当強く叩かれたものと認めざるを得ず、北井は、左手の甲を二度に亘りいわゆる手刀で三、四回ないし四、五回叩かれている点に徴すると、同人が受けた肉体的苦痛は岩崎のそれよりもむしろ高度であつたものと推認される。(ハ)次に、原判決は、被告人は最初北井の左手甲を叩いた後、次長の左手甲をいわゆる「しつぺ」で数回軽く叩いた旨認定しているが、この点につき、岩崎は、原審公判廷において、「わたしの左手でございますが、左手をとつてですね、……わたしの手の平をひろげて、しつぺですね、四、五回叩かれました。」「(叩かれたのは)割合きつかつたと思います。」「音(「ぴしつ」という音)はしております。」「(手の甲が)赤くなつておりましたけれど、もう午後になりましたら大体なおつておりました。」と証言し、当審公判廷においてもほぼ同旨の証言をしており、同人の右証言は別に誇張的な点も存しないので信用するほかはなく、右証言によれば、被告人は同人の左手甲を相当強く叩いたものと認めるほかはない。(ニ)次に、原判決は、被告人は、次長の左手甲を叩いた後局長に対し「お前が憎たらしいんじやないぞ、お前の体にひそむ狐か狸が憎たらしいんだ」などとたわいもないことをいいながら、局長の顔の方に前記石油空缶を近づけて左右二回に亘りそれを固形物で数回連打したものであり、被告人の右有形物の行使は極く軽いものであつた旨認定したうえ、被告人が前記石油空缶を叩いた際、局長が「わしは左の耳が悪いから右の耳で叩いてくれんか」などと冗談をいつていることなどを綜合すると局長に対する法益侵害の程度は極く軽微であつたといわざるを得ない旨認定しているが、北井及び岩崎の原審及び当審各公判廷における証言によれば、被告人は、次長の左手甲を叩いた後、「お前が憎たらしいんじやない、お前の体にひそむ狐か狸が憎たらしいんだ」といつて、前記石油空缶を局長の左右の耳から一五ないし二〇センチメートル位離れたところで、二度に亘り固形物(被告人の原審公判廷における供述によれば、こわれた懐中電灯と認められる。)で、五、六回宛連打したことが認められる。そして、右石油空缶の連打により受けた被害状況につき、北井は、原審公判廷において、「わたしは、左の耳が若い時分に中耳炎をわずらつて若干弱いもんでございますので非常に痛みを感じましたので……すぐ『無茶をするな、こちらの耳が悪いんじや』というて指で耳を栓しました。」「痛い痛い、医者にいかんならんと思いながらもいそがしいんでいく気にもなれず、なおりませんし、耳の奥から頭の方へちかちかとするような痛みもありますんでたまりかねて医者へ七月中ばごろまいりました。」「これは傷がないが衝撃を受けたんじやなかろうかと思うんで通院しなさいというので大体一〇日ほど通院いたしました。」「痛みはとまりましたけれども、それから一ケ月後に原因不明な中耳炎になりましてから、耳の中に大きな耳垢がたまりましてそれをほつとくと耳をふさいでしまうような状態です。それで今年の八月の初めに二、三日うかつとして耳の垢をとらなかつたらあんばい耳の中がつまりまして、頭が変になるんで、又前みてもらつた谷さんにいつてみたところが、その薬を入れて垢をとつた時に傷があるんで、こまくに傷があるんでほつておいたら年が年やからつんぼとなるおそれがあるというのでまだ通つておる状態です。」と証言し、「左が悪いから右でやつてくれというたんと違いますか。」との質問に対しては「いやいやそんなことはいいません。」と証言しており、当審公判廷では、右証言に加えて、その後も時々耳の治療をしてもらつており、そのような耳の調子が悪くなつたのは本件のためである旨証言しているところ、医師谷尚一の原審公判廷における証言によれば、北井は昭和四〇年七月一六日から約一ケ月位同医師に左耳の治療を受け、その後昭和四一年八月頃にも同医師に左耳の治療を受けたことが認められるが、同医師の右証言によれば、北井が同医師の治療を受けたことと本件との直接の因果関係は認め難いが、前記石油空缶の大きさ、叩くのに使用した器物、叩いた際の空缶と局長の耳との距離、叩いた回数のほか、岩崎が、原審及び当審各公判廷において、前記の如く局長が耳もとで前記石油空缶を叩かれた際の状況につき、「その時の音はわりにきつかつたと思います。」「かなり大きい音だつたと思います。」「局長は両耳をふさいでおりました。」と証言し、又、「その際局長は自分は左の耳が悪いから右の方で叩いてくれということをいいましたか。」との問に対し、「そういうことはいつておりません。右(左の誤りと思われる)の耳が悪いというのはいつておつたと思います。」「そんな叩いてくれというような悠長なものじやないと思います。」と証言し、さらに、岩崎自身が局長と同様被告人から前記石油空缶を耳もとで四、五回叩かれた際の状況につき、「その時の叩き方が非常にわたしきつくこたえましたので、きつかつたので、一瞬耳がじいんとしてですね、頭もぼうつとしたわけでございます。」「その時は一瞬目をつぶりまして、耳が痛いという感じがしました。」と証言している点、前記の如く局長は若い頃中耳炎(左耳)をわずらつたことがある点などの諸事情に徴すると、通信室において被告人が局長の耳もとで石油空缶を叩いた際には相当強く叩いたものと認めるのが相当であり、その際局長が耳に痛みを感じた旨の右証言は信用せざるを得ず、しかも、局長の感じた痛みは次長が感じた痛み以上のものであつたと推認するのが相当であり、その際、局長が「こつちの耳は悪いんじやからこつちの耳で叩いてんか」といつた旨の被告人の供述及びこれに副う金月及び野村の各証言は措信し難い。(ホ)次に、原判決は、被告人は、局長から「君らのやつてるような程度のことで警察を呼ぶ必要はない」とあしらわれたため、「生意気なことをいうな」といいながら、局長の両肩に手をかけて前後に軽く二、三回ゆさぶり、その後、被告人が次長に対し「次長、お前は労務担当やろ、労務担当なら担当らしくしつかりせい」といつたところ、局長が横合いから口をはさんで来たため、「生意気なことをいうな」といいながら、再び局長の両肩に手をかけ前後に軽く三、四回ゆさぶつた旨認定し、しかも、その程度は極く軽いものであつた旨説示しているが、この点については、北井は、原審及び当審各公判廷において、二度に亘り、被告人からその両手で自己の両肩を掴まれて一メートル位後ろの電報原書保管箱の方へ押されたうえ、前後に二、三回(一度目)ないし三、四回(二度目)強くゆさぶられ、そのため局長の背中が背後の右原書保管箱の扉に当たつて数回「がちやがちや」という音がした旨証言しており、岩崎も原審及び当審各公判廷において右証言に符合する証言をしており、右各証言によれば、被告人の右行為の程度は、原判決の認定するような極く軽い又は軽い程度のものであつたとは認め難い。(ヘ)次に、原判決は、次長が「公社からもらうものですからもらいます。」などと返答した際、被告人が次長の顔の近くに前記石油の空缶を近づけて左右両側で数回連打した旨の事実を認定しながら、被告人の右所為は極く軽いものであつた旨認定しているが、この点につき岩崎は、原審公判廷において、「(叩いたのは)耳のほんとうにはただつたのです。」「その時の叩き方が非常にきつくこたえましたので、一瞬耳がじいんとしてですね、頭もぼうつとしたわけでございます。」「耳の方はその晩とあくる日ぐらい耳が痛いように感じました。」と証言し、当審公判廷においても、「その時は一瞬目をつぶりまして耳が痛いという感じがしました。」と証言しており、右証言のほか、前記石油空缶の大きさ、それを固形物で叩いていることなどを合わせ考えると、被告人は、前記石油空缶を相当強く叩き、その結果岩崎は耳に相当の苦痛を感じたものと認めざるを得ない。

(3) 前記第七の一の(四)の論旨について

原判決は、被告人が前記石油空缶を叩いた際、局長が「わしは左の耳が悪いから右の耳で叩いてくれんか」などと冗談をいつたと認定するなど被告人の通信室における本件行為当時緊迫した雰囲気ではなかつたかの如く認定しており、被告人は、通信室における局長や次長の態度につき、原審公判廷において、「次長はですね、くやしくてくやしくてたまらんようににらみつけておつたという局長の証言があるんですが、そういうふうな憤然としたような顔をしておりましたか。」との質問に対し「わたしは、そういうふうに感じませんでした。」と答え、「局長の態度は、別にびつくりしたような態度でもないし、平気な顔をして冗談もとばしておつたような状態でございました……」と供述しており、野村澄男も、被告人が局長に対し「お前が憎らしいんじやないぞ、お前の体にひそむ狐か狸が憎らしいんだ」といつた際の局長の態度につき、「局長の方は「笑いながらおかしいのか聞いておりました……」と証言し、被告人が次長の手にいわゆる「しつぺ」をした際の次長の態度につき、「その時は漫才をする感じで向うもにやにや笑つてました……」と証言している。然しながら、被告人が局長の耳もとで前記石油空缶を叩いた際、局長が「わしは左の耳が悪いから右の耳で叩いてくれんか」といつたとは認められないことは前記説示のとおりであり、又、岩崎が耳もとで被告人から石油空缶を叩かれた際の同人の立腹状況についても、同人が当審公判廷において、「私はその時に歯をぐつとかみしめまして、宮本被告の顔をじつとにらみつけました。そうすると、宮本被告は今でも覚えておりますけれども『おこるんやつたらおこれ』、そしてちよつと横むいて『とんで火に入る夏の虫や』ということをいいました。」と証言しているのみならず、北井も、原審公判廷において、「次長は歯をくいしばつて……宮本君の方をにらみつけるような恰好をしておりました。」と証言しており、右各証言によれば、次長の激しい立腹状況が窺われるし、さらに、岩崎の原審公判廷における証言によれば、被告人の本件行為を目撃していた組合員でさえも、後刻岩崎に対し「次長えらい目にあいましたな」と同情的な言辞を吐いたことが認められるのであつて、これらの諸点からしても、通信室における被告人の本件行為当時の雰囲気が、局長や次長が冗談をいつたり笑つたりするような雰囲気でなかつたことは容易に窺われるのであつて、このことも又、被告人の通信室における本件行為の程度が原判決の認定するような軽度のものでなかつたことの証左となり得ることは前記論旨のとおりである。

(4) 前記第七の一の(五)の論旨について

局長及び次長が通信室における被告人の本件行為を制止しあるいは退去を求めるなどの態度を示さなかつた理由については、北井は、原審公判廷において、「突きとばされたりしておりますので……それで現場でこのように職場が混乱すると仕事にも支障あるし、お客さんからみても恰好悪いので早くこの場を拾収したい、このように思いましたし、あえてそんな態度には出ませんでした」と証言しており、岩崎も、原審公判廷において、「あの場所ですね、抵抗しますと、もう混乱してしまつてですね、やはり、わたしも公社の管理者としてやはり職場秩序というものをやはりちやんとまもらないといけませんから、そういうことでまあだまつておつたわけでございます。」と証言しており、途中被告人が水を飲むために場をはずした際もそのまま待つていた理由については、北井は、原審公判廷において、「出て行つた目的は職場秩序を保つという目的でございますので、姿を正常に戻して秩序を保つておこうということがなかつたら逃げた方がよかつたと思います。」と証言し、岩崎も当審公判廷において、「逃げるということになれば、職場がどうなつているかということを見ずに逃げることになりますから、それよりも、やはり現場は最後までスムースに作業がいつているかどうかということを見る必要はありますから、やはりこのままにしておつたわけです。」と証言しており、右各証言は、当時の状況から考えて合理的と思われ十分信用し得るものであり、右各証言によれば、局長及び次長は当時の状況からして抵抗すれば一層職場が混乱することをおそれ、そのために被告人の行為を制止しあるいは退去を求めずかつ被告人が水を飲みに行つた際にもそのまま待つていたものと認められるから、局長及び次長の右態度をもつて局長及び次長に対する法益侵害の軽微性の徴憑となし得ないことも前記論旨のとおりである。

(5) 局長が被告人にいい返すなどした点及び局長、次長に告訴する意思がなかつた点について

原判決は、局長が被告人に対しいい返すなど自己の意思を明確に表明していることや、局長及び次長は被告人の本件行為について当初から告訴するなどの意思を持つていなかつたことからも被告人の局長及び次長に対する法益侵害の程度は極く軽微であつたといわざるを得ない旨説示しているところ、なるほど、局長は、通信室において、被告人から「警察を呼ぶなら呼べ」と迫られたのに対し「お前らのやつているようなことで警察を呼ぶ必要はない」といい返したり、被告人が次長に対し、「お前は労務担当やろ、労務担当なら担当らしくしつかりせい」と申し向けたのに対し、局長が横合いから「次長は今年の二月に転勤したばかりで労務はあまり経験がない、それよりも経験の深いわたしにいえ」と口をはさんだりしているが、これらの事実は未だ被告人の局長及び次長に対する法益侵害の軽微性の徴表となし得るほどの事実とはいえないし、原判決が、局長室において、局長が「不当処分してないですよ」といい返した旨認定している事実は、前に認定した局長室における本件の経緯からしてこれを認めることはできず、又、局長及び次長が本件当時本件を警察に届け出る意思がなかつたことは明らかであるが、北井及び岩崎の原審及び当審各公判廷における証言によれば、現在同人らが被告人を宥恕し全く処罰を求めない意思であるとは認められない。

以上(1)ないし(5)の理由によれば、原判決は、暴行罪の構成要件に形式的に該当する被告人の前記一連の有形力の行使(被告人が通信室に入室直後次長の顔面直前で一八リツトル入りの石油空缶を四、五回激しく連打した旨の本件公訴事実第二記載の事実については、岩崎の原審公判廷における証言によると、同人から一メートル位離れたところで右石油空缶を一回叩いたのみであることが認められ、しかも、激しく叩いたとは認められないから、被告人の右所為が暴行罪の構成要件に該当するものとは認め難い。)について、その態様、程度を不当に軽度に認定し、局長及び次長に対する法益侵害の程度をも不当に軽微に認定したものといわなければならず、この点につき、原判決は事実を誤認したものといわなければならない。論旨は理由がある。

第八、控訴趣意第二の三の2の主張について

論旨は、要するに、仮に、原判決が被告人の本件行為につき前記可罰的違法性の理論を適用したことを容認するとしても、本件においては、(イ)法益侵害の程度が決して軽微とはいえず、(ロ)犯行の動機、原因、目的の正当性もなく、又、(ハ)手段においても相当性はなく、被告人の本件行為は社会通念上許容される限度をはるかに超えるものであつて可罰的違法性を否定すべき合理的理由は全くないにも拘らず、原判決は、右(イ)ないし(ハ)の事実を誤認したうえ、被告人の本件行為の実質的違法についての判断の基準を誤解し、その結果、被告人の本件行為は可罰的違法性を欠くものと判断したのであるから、原判決には、刑法二〇八条ならびに違法性阻却事由に関する刑法の規定の解釈適用を誤つたものである、というのである。

そこで、検討するのに、前記認定の如く、本件における法益侵害の程度は、原判決の認定するほどに軽微であるとはいえないのみならず、被告人は、管理者である局長や次長に対しいやがらせをすることを主たる目的として本件行為に及び、それによつて前記懲戒処分の撤回を図ろうとしたものであり、前記懲戒処分が違法、不当な処分と認め難い以上被告人の本件行為の目的が正当であるとはいえず、被告人らが主観的に前記懲戒処分を違法不当と考えていたとしても、被告人の本件行為の目的が正当化されるとはいえないから、被告人の追求する目的と被告人の本件行為により被害を受ける法益との権衝は考慮の余地がなく、又、被告人が目的実現の手段としてなした本件行為も、計画的なもので偶発的なものではなく、しかも、本件公訴事実第二の行為は約三〇分間に亘る執拗な暴行の繰り返しであるうえに、押す、突きとばすなどの典型的暴行を含んでおり、これらの諸事情に徴すれば、前記認定の中央交渉における公社側の態度その他諸般の事情を考慮しても、被告人の本件行為が可罰的違法性を欠くとは到底認め難い。

してみると、前記理由に基づき、被告人の本件行為が可罰的違法性を欠き刑法二〇八条の構成要件に該当しないものと判断した原判決は、前記の如く被告人の本件行為の可罰的違法性の有無を判断するに当たり、その前提となる事実を誤認し、かつ誤認した事実を前提として可罰的違法性の有無につき具体的法律判断を誤つたもので、原判決には事実誤認及び法令の解釈適用の誤りが存するものといわなければならず、右誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書によりさらに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は前記組合近畿地方本部兵庫県支部の執行委員であつたところ、昭和四〇年のいわゆる春斗に際し同年四月二〇日、二三日の両日に亘り前記組合の行つた違法な半日ストライキを理由として公社が前記組合の多数の組合員に対して公労法一八条による解雇や公社法等に基づく懲戒処分をなし、これに対し組合が右処分の撤回斗争を始めた際、右組合の長田分会における右斗争の点検指導を行うため、同年七月二日午前九時三〇分頃、神戸市長田区細田町七丁目三番地所在の長田電報局に赴いたが、その際、

第一、同日午前一〇時頃、右電報局局長室に赴き、被告人の入室に気付いて椅子から立ち上がりかけた同電報局の局長北井義一に対し、「お前の体についておる狐を叩き出してやる」といいながら、局長の耳もとで四リツトル入りの石油空缶を手拳で四、五回激しく連打して暴行を加え、

第二、同日午前一一時頃、右長田分会会長金月幹男ほか同分会執行委員数名と共に同電報局の通信室に赴き、被告人らの来室に気付いて椅子から立ち上がり自己の机のそばに立っていた同電報局の次長岩崎昇二郎に対し、「処分の理由をいえ」と迫り、前記懲戒処分に対し激しく抗議をしていた際、北井局長が午前一一時一〇分頃同室に入つて来るや、局長に対し、「お前なんか出て来んでええわ、すつこんでおれ」といいざま両手で局長の両肩を突きとばし、二、三歩後ろによろけた局長が「話せばわかるやないか」といつて被告人に近寄るや、再び両手で局長の両肩を突きとばし、二、三歩後ろによろけた局長が三回目に被告人に近寄るや、「お前も一緒にやつてやろう」といつて局長を岩崎次長の横に並ばせたうえ、「おい局長、我我はストライキをやつた、それに無断欠勤とは何事や、出勤簿をみれば無断遅参となつておるじやないか」と詰問し、これに対し局長が「君らのストライキやつたんはわかつておる、しかし処分したんは無断欠勤でしておるが、無断欠勤とは無断遅参、無断早退、無断欠勤を総称していうておるんであつて、事務上の処理としては出勤簿は無断遅参として処理しておる」と答えるや、「この汚ない手で処分したのか」といつて、下腹部で組んでいた局長の左手甲をいわゆる手刀で四、五回強く叩き、次いで、下腹部で組んでいた次長の左手を掴んで腹部の辺まで持ち上げたうえ、いわゆる「しつぺ」で四、五回強く次長の左手甲を叩き、続いて、局長に対し、「お前が憎たらしいんじやない、お前の体にひそむ狐か狸が憎たらしいんだ」といつて、携行した一八リツトル入り石油空缶を局長の左右の耳もとで二度に亘り固形物で五、六回宛激しく連打した後、前記懲戒処分発令時に組合の長田分会員が局長に抗議した際局長が「警察を呼ぶぞ」といつた点を質したうえ、「おい、呼ぶなら呼べ」と申し向け、これに対し局長が「君らのやつているようなことで警察を呼ぶ必要はない」と答えるや、「生意気なことをいうな」といつて局長の両肩を両手で掴んで背後の電報原書保管箱の方へ押したうえ二、三回前後にゆさぶり、その後、局長及び次長に対し「お前ら百円より昇給せいへんのや、百円でええんやな」といい、局長及び次長が相次いで「公社からもらうものですからもらいます」と答えるや、前記石油空缶を次長の左右両側の耳のはたで四、五回宛激しく連打し、その後局長から「お前は力もそう出してやつていないと思つてやつておるが、わしはお前に突かれたらひよろひよろするからやめておいてくれ」といわれるや、被告人は「何をぬかす、この汚ない手で処分しやがつて」といいながら、下腹部で組んでいた局長の左手甲をいわゆる手刀で三、四回強く叩き、次いで、次長に対し「次長、お前は労務担当やろ、労務担当なら担当らしくしつかりせい」と申し向け、局長が横合いから「次長は今年の二月に転勤したばかりで労務はあまり経験がない、それよりも経験の深いわたしにいえ」と口をはさんだのに対し被告人は、「生意気なことをいうな」といいながら、再び局長の両肩を両手で掴んで三、四回前後にゆさぶり、もつて、局長及び次長に対し暴行を加え

たものである。

(証拠の標目)

一、北井義一及び岩崎昇二郎に対する原裁判所の各証人尋問調書、

一、原審第六、七、一三回各公判調書中証人北井義一の供述部分、

一、原審第七、八回各公判調書中、証人岩崎昇二郎の供述部分、

一、当審第一〇、一一回各公判調書中、証人北井義一の供述部分、

一、当審第一二、一三回各公判調書中、証人岩崎昇二郎の供述部分、

一、原審第五回公判調書中、証人須田徹の供述部分、

一、原審第九回公判調書中、証人片山甚市及び同出口二郎の各供述部分、

一、原審第一三回公判調書中、被告人の供述部分、

一、原裁判所の検証調書、

一、司法警察員作成の検証調書、

一、全電通週報三九〇号の七七頁より九一頁まで、同週報三九二号の六三頁の三九中記第九七号より六四頁まで、同週報三九六号の二頁の指示第八号及び五頁から一四頁までの昭和三九年一〇月一日以降の新賃金並びに賃金体系改訂に関する要求書、同週報四〇一号の一頁、同週報の昭和四〇年一月一三日付号外の一頁から一六頁までの斗争連絡第一七、一九、二〇、二六、二七、三二ないし三四、三六、四〇、四一、四五ないし五七、五九ないし六七、七〇、七三、七四号、同週報四〇二号の一頁から二頁までの申入書及び当面の諸問題について、同週報四〇六号の七頁から一〇頁まで(一〇頁の三九中記第一六号及び三九中記一二四号を除く。)、同週報四〇七号の一頁の指示第一〇、一一号、同週報四〇九号の一頁から三頁までの指示第一二号及び一九六四年度春季斗争におけるストライキ批准投票の実施について、同週報四一二号の一頁の指示第一四号審及び三頁から五頁までの一九六四年度スト批准一票、投票集計表、同週報四一四号の一頁の指令第三号、同週報四一六号の一頁の指令第四号、同週報四二〇号の一頁から四頁まで、同週報四二一号の一頁の指令第七、八号、同週報四二二号の一頁の指令第九号、同週報四二三号の一頁の指令第一〇号、同週報四二五号の一頁の指令第一一号及び二頁、同週報昭和四〇年六月二一日付号外の一頁から三一頁までの斗争連絡第七七、七九ないし八一、八三、八四、八六ないし八八、八九、九一ないし一〇六、一〇八ないし一一九、一二一ないし一二四、一二七ないし一三五、一三六ないし一七七、一七九ないし一八一、一八三ないし一八六、一八八ないし一九一号、同週報四二六号の一頁の指示第一五号、同週報四三四号の一頁、

一、労働協約類集中、二四頁の三五中第三六号の二の(二)及び五九一頁の三八中覚第二八号

一、議事録照合事項(近四〇昭第五三、五七、五八、六一、六五、六七、七一、七三号)写

一、支部交渉等記録書(神40第一一、一二号)、

一、日本電信電話公社職員就業規則、

一、押収してある石油空缶二個(大小)及び全電通機関紙(当庁昭和四三年押五三号の一ないし三)、

(原審弁護人の主張に対する判断)

原審弁護人は、被告人の本件所為は、組合の前記懲戒処分撤回斗争の一環としてなされたもので、正当な団体行動権に基づく行為であり、その目的が正当であると共にその手段も相当であり、被告人の本件所為が仮に形式上刑法二〇八条の暴行に該当するとしても、労働組合法一条二項但書の「暴力の行使」に該当するかどうかは憲法二八条及び労働組合法の理念に照らして具体的事情を十分勘案して相対的に評価されるべきであり、かかる観点からすれば、被告人の本件所為は右「暴力の行使」には該当しないから、被告人の本件所為は労働組合法一条二項により違法性が阻却される旨主張する。

然しながら、被告人の本件所為の目的は前記認定のとおりであるから、被告人の本件所為はその目的の点からして労働組合法一条二項の正当な行為とはいえないのみならず、前記説示によれば、被告人の本件所為は、形式的には勿論、具体的な事情に基づく可罰的違法性の点からも刑法二〇八条の暴行罪に該当し、かかる場合には労働組合法一条二項の「暴力の行使」に該当するものといわなければならないから、被告人の本件所為はその手段の点からしても正当な行為とはいえない。従つて、右主張は理由がない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の局長に対する所為、判示第二の局長及び次長に対する各所為はいずれも刑法二〇八条、昭和四七年法律六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条により)に該当するので、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、以上は、刑法四五条前段の併合罪であるので、同法四八条二項により右各罪につき定めた罰金の合算額の範囲内で被告人を罰金二萬円に処し、右罰金を完納することができないときは同法一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、原審及び当審の訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文によりその全部を被告人に負担させることとする。

以上の理由により主文のとおり判決する。

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